「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

【不惑の四十】ミドリムシで空を飛ぶ ユーグレナ出雲社長と論語 ~炉辺閑話 #5

 

  昭和期の名経営者たちは推薦書に「論語」をあげることが多かったと聞く。それが「論語」をよむきかっけだった。

 ミドリムシユーグレナ社の社長 出雲充氏も「論語」を愛読されているという。この時代の社長が論語を読んでいることに少し意外と感じた。

 

論語」との出会い

 「迷い」、「不安」の解消、しっかりしたものを自分の中に持ちたいというのが「論語」との出会いだったと出雲社長はいう。ユーグレナ社が上場する前の出来事だったようです。信用を得ることがないければ、会社が成長していくことはない。「論語」との出会いが新たな「学び」のきっかけになったのでしょうか。

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 「温故知新」

「コロナショックが起こったときに、思いが及んだのが、『論語』にある「温故知新」でした」と出雲社長はいう。その対応は、歴史を振り返ることで答えやヒントは必ずでてくる、と考えたそうです。

 

 

 温故知新 『 子曰く、故(ふる)きを温めて新しきを知る、以って師と為るべし』(「為政第二」11)  

『過去の伝統を冷えきったそのままで固守するのではなく、それを現代の火にかけて新しい味わいを問いなおす』。

伝統を墨守するのではなく、永遠の真理の今日的意味をさぐる」。

 そうした知的訓練を重ねることによってのみ、目前の複雑で混沌とした、しかし、私たちにとっても切実な現実を鋭くまた筋道をたててとらえることができる。(参考:「論語桑原武夫

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 実際に、人類に襲い掛かってきた感染症、古くは黒死病と恐れられたペスト、天然痘、そして20世紀初頭のスペイン風邪などを調べられて、どう乗り越えてきたのかを知り、新型コロナへの対処の仕方を理解し、本社の全面リモートワーク体制への移行を実施されたそうです。 

「不測の事態に直面しても、過去の偉人の知恵に学ぶことで自信がみなぎってきます。それで会社に出ていけば、リーダーとして理性的な判断ができる」と出雲社長は言います。

 

 人にして遠き慮りなければ、必ず近き憂いあり

「仕事をするうえで、とても役に立っているのが「人にして遠き慮りなければ、必ず近き憂いあり」です」と出雲社長はいう。そして、それを実践するときに大切なのが、「辞は達するのみ」といいます。

 

 

人 遠慮無ければ、必ず近憂有り」(「衛霊公第十五」12)

 孔子の教え。「人たる者は、遠くまで見通しての配慮がなければ、きっと近く心配ごとが起こる」。 

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「遠き慮りなければ必ず近き憂いあり」、遠い将来のことまで考えずに目先のことばかり考えていると、近いうちに必ず困ったことが起こる。

リーダーがどんなに先々のことまで考えていても、つまり「遠き慮り」をしていても、そのことを会社の仲間や関係者がわかっていないと、つまり「辞が達していない」と、組織やビジネスは思うように回っていきません。 (出所:プレジデント)

 「会社全体のことを先々まで見通して仕事をやらなければならない」、それを実践するときに、「辞は達するのみ」が大事なことになるといいます。

 

辞は達するのみ

「相手にその意味がわかるように伝えることが大切だ」と、その意味を出雲社長は説明される。

 予期しない突然の変化に社員は、「これからどうなるんだろう」と不安を抱いたりする。そのときに、「まずはそれを取り除いてあげないといけない」。

 

 

  たとえば、M&Aした会社の社員には、事業戦略を説明するとともに、その役割と期待を「遠き慮り」として、皆がわかるように説明しないといけないといわれています。

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 普遍的価値

論語」は学んですぐに効果が出るものではありませんと出雲社長は言われます。

いざというとき、たとえば今回のコロナショックや大事な決断をしなければならいときになって、ふと『論語』の言葉に思いが及ぶのです。すると、考え方が整理され、進むべき方向性が見えてきます (出所:プレジデント)

 「論語」を、現代にも通用する普遍的価値観が詰まった古典だと話され、「仮名論語」をいつも身近に置いているそうです。

 

  

 不惑の四十

 出雲社長も40歳になられたという。2005年に株式会社ユーグレナを創業、15年以上の時間が経ち、ようやく念願であった「ミドリムシで空を飛ぶ」が実現したようです。

 

 

三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る」。(「為政第二」4)

「三十歳に至って独りで立つことができた。やがて四十歳のとき、自信が揺るがず、もう惑うことがなくなった。五十歳を迎え立つとき、天が私に与えた使命を自覚し奮闘することになった」

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 孔子は、三十になって始めて博学者として世に認められ、「不惑」は四十を越した孔子が祖国を復興させるために決意して迷うことがなくなったことをいう。

 40歳を迎え、ユーグレナのバイオジェット燃料で初フライトを実現した出雲社長も「不惑」、迷いがなくなったのでしょうか。 

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(写真:ユーグレナ

 

学んで時に之を習う、亦た説ばしからず乎

「これからの経営者人生にどんな困難が待ち受けているかもしれません。それを乗り越え、さらにユーグレナグループを成長させていくためにも、生き方・考え方の支えとなるものを学び続けていきます」と出雲社長は話されています。

 

子曰わく、学んで時に之を習う、亦た説ばしからず乎。有朋遠方より来たる、亦た楽しからず乎。人知らずして慍らず(いからず)、亦た君子ならず乎。』 (「学而第一」1)

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 学んで時に之を習う、「学ぶ」とは古典を先生から読み聞かせられ、それを覚えこむこと、つまり「まねび」であり、「習」とはおそわったことの実習であったのだろう。そして、孔子は、密室でひとりで学問する人ではなかった。

 勉強をしていると自ずと仲間ができる。その学友が遠いところからやって来る、そして談笑のうちに真実を探る。なんと楽しいことではないかと孔子はいったそうです。

 出雲社長も「論語」の勉強会に参加され、そこで学び、それを会社で「習い」、実践しているのでしょうか。

 その出雲社長は、SDGsの良き理解者であり、実践者なのかもしれません。

 

 

「参考文献」