「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

【公叔文子の臣大夫の僎、文子と同じく公に升る。子 之を聞きて曰わく、以て文と為す可し】 Vol.352

 

公叔文子(こうしゅくぶんし)の臣大夫の僎(せん)、文子と同じく公に升(のぼ)る。子 之を聞きて曰わく、以て文と為す可し、と。(「憲問第十四」18)

 

  (解説)

かつて衛国の今は亡きは公叔文の家臣であった僎が、文子と同じく衛国の政庁に立った。この話を聞いた孔子は「そのような人こそ、諡としてまさに文がふさわしい」と。論語 加地伸行

 

 公叔文子が国君に僎をすぐれた人物として推挙し、大夫に任ぜられたという。そればかりでなく、公叔文子は彼を同僚としていたという。

 公叔文子、諡(おくりな)に「文」とつく。諡は生前のあり方を表現して贈るという。

「文」、こめられる意味に六種あり、等級づけられているという。第二等の文は、道徳博く厚しだという。

 

 

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 (参考文献)  

論語 増補版 (講談社学術文庫)

論語 増補版 (講談社学術文庫)

 
論語 (ちくま文庫)

論語 (ちくま文庫)

  • 作者:桑原 武夫
  • 発売日: 1985/12/01
  • メディア: 文庫
 

 

【管仲、桓公を相け、諸侯に覇たらしめ、天下を一匡す。民 今に到るまで、其の賜を受く】 Vol.351

 

子貢(しこう)曰わく、管仲(かんちゅう)は仁者に非(あら)ざらん。桓公(かんこう)は公子糾(こうしきゅう)を殺せるに、死すること能(あた)わず。又 之を相(たす)けり、と。

子曰わく、管仲桓公を相け、諸侯に覇たらしめ、天下を一匡(いっきょう)す。民 今に到るまで、其の賜(たまもの)を受く。管仲微(な)かりせば、吾其れ髪を被(こうむ)り衽(じん)を左にせん。豈(あに)匹夫匹婦(ひっぷひっぷ)の諒(まこと)を為して、自ら溝涜(こうとく)に経(くび)れて知る莫(な)きが若くならんや、と。(「憲問第十四」17)

 

  (解説)

子貢はこう述べた。「管仲は立派な人物ではありますまい。桓公が公子糾を殺したとき、死ぬことができず、その上、桓公の謀将となったではありませんか」と。

すると孔子はこう言った。「管仲桓公が補佐して諸侯の覇者たらしめ、諸侯をして周王室を尊崇せしめた。民は今に至るまでその恩恵を受けている。もし管仲がいなかったならば、髪は結ばずさんばら髪となり、衣服も左前に着ることとなったであろう。庶民に通ずる小さなまごころを尽くして溝の中で首をくくって自殺し、世にはその名を知られずに終わるような小さな生き方と比較できようか」と。論語 加地伸行

 

 前章では子路が同じ問いをし、武力を使わず平和裏に会盟に持ち込んだ管仲の「仁」を称えた。

 一方、子貢には、その後に民が受けた「賜」を説明し、「匹夫匹婦の諒を為して、自ら溝涜に経れて知る莫きが若くならんやる」という。

 この言葉は子貢に対するアドバイスでもあったのだろうか。孔子は門人たちの性格に合わせて問答をするという。

 

 

 

 子路、姓は仲、名は由、字名が子路孔子の弟子で、孔子より9歳年少。孔門では年かさの弟子。もとは遊侠の徒で、孔子にからみに来て論破され、心服して門に入ったという。率直勇敢な情熱家で、孔子に愛された。

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子貢、姓は端木、名は賜、字は子貢。孔門十哲の一人と言われる。

「言語には子貢」と評され、「賜や達なり」(雍也第六」8)といって、孔子は子貢の見通しのよさを評価していると桑原は言う。この秀才はおそらくスマートでやや実直さに欠けるところがあったのかもしれないともいう。  

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【桓公 諸侯を九合するに、兵車を以てせざるは、管仲の力なり。其の仁に如かんや 】 Vol.350

 

子路(しろ)が曰わく、桓公(かんこう) 公子糾(こうしきゅう)を殺す。召忽(しょうこつ)之に死し、管仲(かんちゅう)は死せず。曰わく、未だ仁ならざるか、と。子曰わく、桓公 諸侯を九合(きゅうごう)するに、兵車(へいしゃ)を以てせざるは、管仲の力なり。其の仁に如(し)かんや、其の仁に如かんや、と。(「憲問第十四」16)

 

  (解説)

子路が言った。「桓公は公子糾を殺しました。召忽は死にましたものの、管仲は生き残りました。立派な人格ではありますまい」と。孔子は言った。「桓公が諸侯を集めて会盟したとき、武力を用いなかったのは、宰相の管仲の力量に依る。その立派さに及ぼない、及ぼない」と。論語 加地伸行

 

 斉の国で君主の地位をめぐる争いがあり、「公子糾」はそのひとりであったという。この「公子糾」の介添役が「召忽」と「管仲」であった。「召忽」は「公子糾」に殉じ、死ぬ。「管仲」は生き、「桓公」の宰相になる。

 乱れ争っていた諸国を平和な会盟にまで持ち込めたのは「管仲」の見識と力量による。

 主君に殉じ死んだ「召忽」も「仁」ではあるが、天下国家のためとする「管仲」のそれには及ばないと孔子は言ったのである。

 

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【晋の文公は譎りて正しからず。斉の桓公は正にして譎らず 】 Vol.349

 

子曰わく、晋の文公は譎(いつわ)りて正しからず。斉の桓公は正にして譎らず。(「憲問第十四」15)

 

  (解説)

孔子の教え。「晋国の文公は、いつわりの道を踏み、正義の人ではなかった。斉国の桓公は、正義の人であり、いつわりの道を踏まなかった」。論語 加地伸行

 

「文公」、「桓公」、それぞれ時期は異なるが、諸侯の上に立ち覇者となり、大会盟を行ったという。

「文公」は本来なら天子の下に諸侯が集まるべきところを、自国に諸侯を集めたのみならず、狩りという名目で天子を自国に呼び寄せたという。

桓公」は、周の昭王が楚国に赴いたとき、謀殺されたことがあった。桓公はその罪を問い、楚を討つことを宣言、天子中心の立場であったという。

 

 

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論語 増補版 (講談社学術文庫)

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  • 作者:桑原 武夫
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【君を要せずと曰うと雖も、吾は信ぜざるなり 】 Vol.348

 

子曰わく、臧武仲(ぞうぶちゅう) 防(ぼう)を以て後を為すを魯に求む。君を要せずと曰うと雖(いえど)も、吾は信ぜざるなり。(「憲問第十四」14)

 

  (解説)

孔子の回想。「臧武仲は、防において臧氏の家名が残るようにして欲しいと主君に願い出たことがあった。それは、主君に強要したものではないか言われているが、私はそうは思わない」。論語 加地伸行

 

「臧武仲」、魯国の大夫。ある事件がもとで他国に亡命した後に知行地である防に入り、そこに拠りつつ、自分は兎も角として、兄弟の臧賈(げんこ)、 臧為(げんい)のどちらかを立て家名存続を願い出たという。

 

 

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【信なるか、夫子は言わず、笑わず、取らず、と。公明賈対えて曰わく、以て告ぐる者の過ちなり 】 Vol.347

 

子、公叔文子(こうしゅくぶんし)を公明賈(こうめいか)に問うて曰わく、信(まこと)なるか、夫子(ふうし)は言わず、笑わず、取らず、と。公明賈対(こた)えて曰わく、以て告ぐる者の過ちなり。夫子 時にして然る後に言う。人 その言を厭わず。楽しみて然る後に笑う。人 其の笑うを厭わず。義にして然る後に取る。人 其の取るを厭わず、と。子曰わく、其れ然り。豈(あに)其れ然らん、と。(「憲問第十四」13)

 

  (解説)

孔子が公叔文子殿のことについて公明賈にこうたずねた。「本当のことでしょうか。あの方は、言わず、笑わず、物を受け取らない、というのは」と。公明賈は答えた。「それは、そうお話した者の誤りです。あの方は、必要な時にはお話になります。それを聞いた人が嫌がるということはありません。本当に楽しい時にはお笑いになりますので、厭味(いやみ)がありません。道義にかないますときは、物品をお受け取りになります。人もそれを自然と思います」と。孔子は言った。「そうであろう。まちがいなかろう」と。論語 加地伸行

 

「公叔文子」、公叔が姓で、文は諡(おくりな)、衛の大夫。

「公明賈」、衛国の人。

 

 

 

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  • 作者:桑原 武夫
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【利を見て義を思い、危うきを見ては命を授け、久要 平生の言を忘れざれば、亦以て成人と為すべし 】 Vol.346

 

子路(しろ) 成人を問う。子曰わく、臧武仲(ぞうぶちゅう)の知、公綽(こうしゃく)の不欲、卞荘子(べんそうし)の勇、冉求(ぜんきゅう)の芸の若(ごと) き、之を文(かざ)るに礼楽を以てせば、亦(また)以て成人と為す可し。曰わく、今の成人は、何ぞ必ずしも然(しか)らん。利を見て義を思い、危うきを見ては命を授け、久要(きゅうよう) 平生(へいせい)の言を忘れざれば、亦以て成人と為すべし、と。(「憲問第十四」12)

 

  (解説)

子路が人格の完成者とはどのようなものであるかと質問した。孔子はこう答えた。「臧武仲の智謀、孟公綽の無欲、卞荘子の勇猛、冉求の才芸、そのどれかがあった上で、さらに礼で整合し、楽で和合するようになれば、人格の完成者と言える」と。またこうとも言った。「しかし、今日の人格の完成者は、そこまでに及ばなくとも構わない。利益を前にしても道義を優先させ、危機のときには生命を捧げる覚悟をもち、若いころにした古い約束について、その後になっても忘れない。そのようであれば、同じく人格の完成者と言うことができる」と。論語 加地伸行

 

「成人」、徳を完成した人のことをいう。

「臧武仲」、魯国の大夫。

「孟公綽」、魯国の重臣である孟孫氏の一族のひとり。欲の少ない人といわれる。 

「卞荘子」、魯国の大夫で、剣をもって虎と戦ったという。

「冉求」、孔子より29歳年少の弟子。字名は子有。政治的手腕があり、季子の宰となった。孔門十哲の一人と言われ、多才であったという。

子路」、本名は仲由、子路は字名。顔回(顔淵)とともに「論語」の二大脇役と桑原はいう。子路は晩年、衛の国に仕えるが、内乱に巻き込まれ殺される。

 

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