「中国経済を『ソ連病』がむしばんでいる」──。日本経済新聞に掲載された興梠一郎・神田外大教授の指摘は、現代の国家経済が陥る深刻な罠を浮き彫りにしている。
「中国経済を『ソ連病』がむしばんでいる」興梠一郎・神田外大教授 - 日本経済新聞
中国は第15次5カ年計画において、AIでロボットを自律的に動かす「フィジカルAI」などの先端分野を未来産業と位置づけ、国家主導で資源と資金を集中させている。米中長期競争をにらみ、外側から見ればハイテク覇権をかけ、華々しく、元気に見える。しかし、その足元では内需拡大の具体策が乏しく、生活や仕事の現場では激しいミスマッチと生活苦が広がっているという。
東京財団主席研究員の柯隆氏が「政府が経済を統制し、官僚主義的に資源配分を行えば、市場の効率性が低下して経済は成長できなくなる」と指摘するように、国家の計画的発想が強まるほど、国民生活との乖離は深まる。この中国の構図は、決して他国の話ではないようだ。そのまま現在の日本経済の姿として、痛いほど重なって読めてくる。
日本の13年 ―「物価2%達成」の影で空洞化した暮らし
日本銀行が物価安定の目標(2%)を導入した2013年1月から、実に13年の歳月が流れた。そして日銀は、基調的な物価上昇率が目標と「おおむね整合的な水準となっている」との表明に踏み切った。
日銀、物価2%到達を表明「目標と整合的な水準」 金利は据え置き決定 - 日本経済新聞
だが、この13年間で何が起きたのか。巨額な資金や金融緩和を国家が注ぎ込んでも肝心の成長産業は育たず、むしろ長引く積極財政と異次元緩和によって円は毀損し、歴史的水準の円安となった。その結果生じた輸入インフレが、じわじわと国民の生活を追い詰めた。成長を伴わないまま、円安という歪んだ経路を経て、図らずも「物価目標の数字」だけが形骸的に達成されたのである。
権威主義国家の「計画経済」と、民主主義国家における「官製インフレ・官製成長戦略」。手法こそ違えど、国家の都合や成果指標(数字)が優先され、肝心の生活者の実感が置き去りにされるという本質において、日本もまた「現代型ソ連病」に蝕まれていたと言わざるを得ない。
市場の審判 ― 株価の熱狂と、長期金利上昇が告げる現実
ここで、『論語』の言葉が重く響く。
富にして求むべくんば、執鞭の士と雖も、吾も亦之を為ん。如し求むべからずんば、我が好む所に従わん。(「述而第七」11)
もし富や成果が、正当な道義の手段で求められるものなら下足番の仕事でも進んでやろう。しかし、不正や道理に外れた手段でしか得られないものであるならば、私は自分の信念の道に従うのみだと孔子は言いました。
国家がもたらした「物価目標の達成」や、国家主導の政策が生み出した歪みが、円の毀損や国民へのしわ寄せ(不義の政策)のうえに成り立っているのだとすれば、私たちはその数字の成果に酔うわけにはいかない。
市場は、国家が仕立てた「シナリオ」をそのまま鵜呑みにしているわけではない。この13年を振り返れば、そのことは明白だ。
期待を背景に株価は大幅に上昇した。しかし同時に、財政規律の弛緩やリスクを意識した長期金利もまた大幅に上昇し、「質への逃避」現象が示すように、市場は日本の国家財政と構造的脆弱さを冷徹に見つめ続けてきた。
「質への逃避」、日本の長期金利2.8%割れ ドイツ国債にも資金流入 - 日本経済新聞
柯隆氏が言う通り、市場による資源配分は、各々の構成員が真剣に最適化を図るからこそ効率的なのであり、国家が強権や誘導によってそれを歪めるとき、必ずやどこかに巨大なしわ寄せのツケが回る。
その結果として今の日本はどうなっているか。GDPの国際順位は6位へと後退し、ひとり当たりのGDPも下落の一途をたどり、各種の世界ランキングでも日本の存在感は低下し続けている。
何かを犠牲にする政策の果てに、私たちは本当の豊かさや安全を手に入れたと言えるのだろうか。
真の「日本らしさ」を取り戻すために
国家の巨大な予算や、作られた成長のナラティブに一喜一憂し、耐え続ける日々は、もう終わりにしなければならない。
いま問われているのは、「国家の数字や計画」の大きさではない。そこで暮らす一人ひとりの足元が満ち足りているかどうかという、原点への回帰である。
安全保障の強化という名目の下で平和国家の理念が揺らぎ、経済的困窮を背景にトクリュウなどの凶悪犯罪が蔓延、企業不正や不祥事が後を絶たず、その企業を狙ったサイバー攻撃は後を絶たず、個人情報の流出も止まらない。政治においても不祥事は繰り返され、信頼が失われていく。そして、豊かさを失った日本は、かつて世界が注目した輝きは薄れていく。
これらはすべて、私たちが「道義(まっとうな筋道)」を軽視し、国家の都合や目先の数字、効率という名の「不義の政策」を許容してきた結果ではなかろうか。
「日本らしさ」とは、ナショナリズムや、国家の巨大な統制による見せかけの強さではない。それは、目先の利益や不正な手段(不義)に頼ることではないはずだ。
未来へ向け「日本らしさ」をアップデートし、新たな「らしさ」紡ぎ出していかなければならない。それによってのみ、私たちは失いかけた信頼を回復させることができるのだろう。
「参考文書」
セブンやユニクロ…5年で1割超す値上げ 「物価上昇率2%」体感とずれ - 日本経済新聞
埋没しつつある日本を立て直すには…日本総研会長・寺島実郎さんが訴える「新たな民主主義」とは:東京新聞デジタル





















