「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

【君子は其の知らざる所に於いては、蓋し闕如たり。名正しからざれば、則ち言順ならず】 Vol.308

 

子路(しろ)曰わく、衛君 子を待ちて政を為さば、子 将(まさ)に奚(なに)をか先にせんとする、と。子曰わく、必ずや名を正さんか、と。

子路曰わく、是れ有るかな、子の迂(う)なるや。奚(いずくん)ぞ其れ正さん、と。

子曰わく、野(や)なるかな、由(ゆう)や。君子は其の知らざる所に於いては、蓋(けだ)し闕如(けつじょ)たり。名正しからざれば、則ち言順(げんじゅん)ならず。言順ならざれば、則ち事成らず、事成らざれば、則ち礼楽(れいがく)興(おこ)らず。礼楽興らざれば、則ち刑罰 中(あ)たらず。刑罰 中たらざれば、則ち民 手足を錯(お)く所無し。故に君子 之を名づくれば、必ず言う可し。之を言えば、必ず行う可し。君子は其の言に於いて、苟(いやしく)もする所 無きのみ、と。(「子路第十三」3)

 

  (解説)

子路がこうたずねたことがあった。「衛の国君が、先生を礼遇して政治を委ねられるとしますならば、先生は何から手をつけようとなされまするか」と。孔子は言った。「決まっている、名を正すことだ」と。

子路は言った。「それですよ。先生の考えは現実離れしています。どうして名を正すなどということでいいものですか」と。

すると孔子はこう諭した。「現実的過ぎるぞ由(子路の名)よ。君子 教養人たる者は、自分が知らないことについては、知らないままにすることだ。名が正しくなければ、言が妥当でない。言が妥当でないと、政事が達成されない。政事がが達成されないと、礼楽が盛んとならなくなる。礼楽が盛んにならないと、刑罰が当を得なくなる。刑罰が当を得なくなると、民には不安でゆっくり手足を伸ばして安らかに暮らすことができなくなる。だからこそ、君子 教養人は、名づければ、主張の筋を通すことができ、それができると政事ができる。その発言においては、軽はずみがあってはならない」と論語 加地伸行) 

 

 

 

 意味深長な章である。子路が「衛の国の政(まつりごと)」について問うたので、加地は政治として解するが、政を別の意味としての「ものごとを行うときのやり方、あるいは正しいやり方」ととらえれば、政治だけにとどまることなく、もう少し広い解釈もできるのかもしれない。

「礼楽興らざれば、則ち刑罰 中たらず。刑罰 中たらざれば、則ち民 手足を錯(お)く所無し」

政治にせよ、何にせよ、その行為は、「民が安寧な暮らしをおくることができる」、そこに帰着していくということであろうか。

 

 「名」とは、鄭玄は文字や記号と解する。

 「言」は、言葉や筋、論理のこと。

「礼楽」とは、規範や道徳のことと加地はいう。礼楽を辞書で調べれば、礼節と音楽。社会秩序を定める礼(規範や道徳を形としてあらわしたもの)と、人心を感化する楽。転じて文化となる。

 

dsupplying.hatenadiary.jp

 

  当時の衛国は乱れていたという。君主の霊公の夫人である南子の品行がよくなかったので、霊公の子の蒯聵(かいかい)が南子を殺そうとして失敗し、宋に亡命する。霊公が亡くなり、蒯聵の子輒(ちょう)が即位した。蒯聵は晋国の後援を得て衛国に帰ろうとしたが、輒は斉国を背景にして蒯聵の帰国を阻止しようとして父子が戦争することになったという。このとき蒯聵が主たる戦闘相手としたのが重臣の孔悝(こうかい 蒯聵の姉の子)であるが、孔悝の知行所の長官になっていたのが子路であったという。子路は主人のために敢然と戦って殺される。結局、蒯聵が入国して南子一派を追放し、即位する。この蒯聵が荘公であるという。

 

 

 

 「子路」、本名は仲由、子路は字名。顔回(顔淵)とともに「論語」の二大脇役。

 

dsupplying.hatenadiary.jp

 

(参考文献)  

論語 増補版 (講談社学術文庫)

論語 増補版 (講談社学術文庫)

 
論語 (ちくま文庫)

論語 (ちくま文庫)

  • 作者:桑原 武夫
  • 発売日: 1985/12/01
  • メディア: 文庫