子曰わく、片言(へんげん) 以て獄(ごく)を折(さだ)む可(べ)き者は、其(そ)れ由(ゆう)か、と。子路、諾(だく)を宿する無し。(「顔淵第十二」12)
(解説)
孔子の評価。「一言一句、それを聞いて訴訟の判断をすることができるのは、由であろう」と。子路は、承知したあと、ぐずぐずするようなことはなかった。」(論語 加地伸行)
「子路」、姓は仲、名は由、字名が子路。孔子の弟子で、孔子より9歳年少。孔門では年かさの弟子。顔回(顔淵)とともに「論語」の二大脇役。
もとは遊侠の徒で、孔子にからみに来て論破され、心服して門に入ったという。率直勇敢な情熱家で、孔子に愛された。大国の軍政のきりもりを任せられる人材と桑原はいう。子路は晩年、衛の国に仕えるが、内乱に巻き込まれ殺される。彼が死んだとき、孔子は「天われを祝(た)てり」と嘆いたという伝説があるという。「祝」は「断」と同じ。
(参考文献)