子 罕(まれ)に利を言うとき、命(めい)と与(とも)に、仁と与にす。(「子罕第九」1)
(解説)
「孔子は、たまに利についておっしゃられたが、そのときは、命や仁とともにであった。」(論語 加地伸行)
加地は「命」は、天命、運命、使命など多様とするという。
桑原の解説。
この章は、「子 罕に利と命と仁とをいう」と読むのが通説であるという。
しかし、それでは内容上、矛盾があるから、二つに切って今のようによむべしというのが、徂徠の提唱した新説である。
徂徠はまずこの章を四字ずつに切ってよみ、孔子もときたま「利」に言及するが、その場合には必ず「命」あるいは「仁」と与にした、とするのである。そもそも孔子の道は、敬天と安民をもととしている。命と仁とは君子の君子たるゆえんであるから、これらのことをまれにしか言わなかったという道理はない。
安民とは天下のために利をはかることである。
ただ、利には大利と小利があることを知らねばならない。一身の利益をはかるごときは小利である。君子は大利をはかるべきであって、もし道が民を利することのないものであるならば、それは道というに足らない。
孔子も政治を志し、またそれを実践した人であるから、利ということを無視するわけにはいかない。その利を可能な限り仁によって柔らげ高めようとするところに、孔子の理想があったとい桑原はいう。
孟子が、開巻第一に「王何ぞ必ずしも利を曰わん。亦だ仁義あるのみ」と豪語したのと、みだりに結びつけてはいけない。孟子は、孔子の古道からそれたのであるという。
「関連文書」
(参考文献)