「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

「新しい景色」をみせてくれたサッカー日本代表

 

 サッカーワールドカップ、ベスト8の夢は叶わなかったですが、この期間中、ワクワクさせてくれました。

 PK戦の末、敗れたクロアチア戦から一夜明け、森保監督が「まだ横綱相撲できるような力ではないと思うが、世界のトップ、ワールドカップの優勝を経験しているような国とでも互角に渡り合っていける、そしてわれわれも勝つことができるという、世界の中で勝っていけるということを選手たちが見せてくれた」と振り返っていました。

ワールドカップ 日本 森保監督 今大会の成果と今後の課題は | NHK | サッカー

 ドーハの悲劇から30年余り、ようやくこのレベルになったのかと思うと、感慨深いものがあります。

 

 

 ふと今の日本を考えてみると、バブルの絶頂期には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とまで言われるようになり、世界の舞台に踊り出て、主役の座についたかのようでしたが、未だ世界と伍して戦う実力がまだまだ身についていない、そんなことを森保監督のコメントを聞きながら感じてしまいました。

 このアジアの片隅の小国はいつになったら、名実ともに先進国としての実力をつけ、世界に貢献し、その立ち振る舞いで世界をリードできるようになるのでしょうか。

 政治の世界は相変わらずのようです。ネット上の誹謗中傷対策も行う総務省杉田水脈政務官がまた国会で野党の追及を受けているといいます。

杉田政務官 中傷投稿「LGBT以上に気持ちが悪い」に“いいね” 政務官就任後に… 事務所は「誤作動で押されていた」

 杉田政務官に質問する野党議員に対して、松本総務相がその質問に答え、本人は過去の発言について、「大臣の指示を仰ぎながら一つ一つ精査したい」としているといいます。

 政務官であろう人が、自身の発言に責任を持てず、ましてその正邪を判断もできないで、その役職が務まるのだろうかと単純に思えてしまいます。

 首相が作ったチームで、日々日本が劣化していくように見えます。

 

 

 日本商工会議所小林健会頭が定例記者会見で、防衛費増額の財源として法人税が候補に挙がっていることについて、けん制したそうです。

防衛費財源の法人税増税、日本商工会議所会頭「国内投資を冷ます」: 日本経済新聞

 記事によれば、「中小法人は法人増税となると賃上げ原資が足りない状況で、国内投資を冷ましてしまう懸念がある」と述べたといいます。

 肝心の中身の議論をせずに、何が適正かを知ろうともしていないのでしょう。まして負の側面を評価せず、安定財源の確保もないのではないでしょう。

 こうした批判があがるのに、今度は少子化対策でも同じように恒久財源の必要性が説かれているといいます。

児童手当の拡充検討を明記 有識者会議の報告書素案 | 共同通信

 政府の有識者会議「全世代型社会保障構築会議」が近くまとめる報告書の素案では、少子化対策で、将来的な課題として児童手当の拡充を検討するよう明記、裏付けとなる恒久財源を確保する必要性も指摘しているといいます。

 使える税金に限りがある中で、どう対応するのでしょうか。

 実質賃金は目減りを続けているのに、そこに増税では目も当てられません。

 

 

新しい景色を見に行く

「新しい景色を見に行く」という言葉が、森保ジャパンの合言葉だったそうです。

 クロアチアとの試合後、森保監督は「新しい景色ということは見ることはできなかったと言われるかもしれませんが、ドイツやスペイン、W杯チャンピオンの経験がある国に勝てるという、新しい景色を選手たちは見せてくれた」といい、「何よりも日本が世界で戦い、世界に勝っていけるという新時代を見せてくれたことを選手たちに伝え、この悔しさを次の成長につなげてほしい」と語っています。

「サッカーを続けている限り、常に成長しながら、レベルアップしながら戦っていかなければいけないことを伝えた。我々は素晴らしいW杯という舞台に立って、戦えたこと。それまで多くの選手たちが道をつなげてくれ、サッカーファミリー、関係者の皆さん、国民の皆さんが応援、共闘してくれたことに感謝しようということを伝えました」と語ったといいます。(出所:スポーツ報知)

現実......

 スポーツと政治のあまりにも違い過ぎることを嘆じます。希望がスポーツ選手の活躍だけでは寂し過ぎます。

 政府にしろ、国会が善きものとなり、産業界の健全化が進めば、もしかして日本の新しい景色があるのかもしれません。しかし、現実はまだまだほど遠いというところでしょうか。いつになったら新時代を迎えようとしていると実感できるようになるのでしょうか。

論語に学ぶ

子 九夷(きゅうい)に居(お)らんと欲す。或(ある)ひと曰わく、陋(いや)し。之を如何せん、と。子曰わく、君子之に居らば、何の陋しきことか之れ有らん、と。(「子罕第九」14)

 孔子が、いっそうのこと九夷の国にでも行こうかと漏らしたといいます。するとある人が「野卑なところですぞ。どうされますか」というと、孔子は「君子 教養人がそこに住むならば、どうして野卑なことがあるだろうか」と答えたそうです。

dsupplying.hatenadiary.jp

 「九夷」には諸説があるですが、古代中国の周辺国を指すといわれます。その一つに「倭人」とする説もあるといいます。

 新時代に向かうどころか、現代日本は古代帰りしているのでしょうか。

 

「参考文書」

サッカー日本代表の熱戦に涙 サポーター「めげない心学んだ」: 日本経済新聞

敗れた後、森保一監督が円陣で語り掛けた言葉「新しい景色を選手たちは見せてくれた」 : スポーツ報知

サッカー日本代表 たどり着いたもう1つの“新しい景色”|NHKスポーツ