子曰わく、詩を誦(しょう)すること三百、之に授くるに政を以てして達せず、四方に使いして、専対(せんたい)する能(あた)わざれば、多しと雖(いえど)も亦(また)奚(なに)を以て為さんや、と。(「子路第十三」5)
(解説)
孔子の教え。「詩を三百篇も暗誦するほど知識が多くあるものの、内政を担当しても達成することが無く、外交を担当しても相手と渡り合うことができなくては、多くを暗誦しているとしても、それは取るに足らない」と。(論語 加地伸行)
孔子の生きた古代、現代に比し知識集積が進んでいない当時、「詩」から学ぶべきとの風潮があったのだろうか。逆に言えば、学ぶべき書物は「詩」くらいしかなかったということであろうか。そうした時代にあって、孔子は美辞麗句を嫌い、邪心のない純粋な感情が迸る詩を好んだという。
「為政第二」15では、「学びて思わざれば、則ち罔(くら)し。思いて学ばれば、則ち殆(まど)う」という。
知識や情報をたくさん得ても思考しなければ、どうして生かせばいいのか分からなくなる。逆に、思考するばかりで知識や情報がなければ、一方的になり、独善的になってしまうという。
知識を知恵に昇華させなければならないということであろうか。
知恵が身につけば、それを働かして善政を施く努力もできるということなのかもしれない。「公冶長第五」21では、甯武士を例に出して、それは困難なことではないと言う。
(参考文献)