「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

【ノーベル物理学賞と論語】調和、協力を求めた気候モデルの研究者 ~ 炉辺閑話 #51

 

 今年のノーベル物理学賞に、気候モデルの研究者で、米プリンストン大の真鍋淑郎さん(90)の受賞が決まった。気候危機とまで言われるようになっているのだから、真鍋さんの受賞は気候研究の先達として至極当然のことなのかもしれない。

真鍋淑郎氏、日本の研究弱体化を指摘「好奇心に駆られたもの少なく…」【会見全文】:朝日新聞GLOBE+

 受賞が決まり、その感想を尋ねるインタビュー記事から90歳とは思えない情熱と聡明さを感じたりする。また、その話す言葉の節々が、孔子が説く言葉とも合致するように聞こえる。

 

 

衰えぬ探求心

「学は及ばざるが如くせよ。猶之を失わんことを恐れよ」と、論語「泰伯第八」17にある。

 渋沢栄一は、「この句は篤学を意味したもので、今の有様にして見ると、物理を調べ道理を研究し、真面目に孜々と勉めて居る学者も居らぬではないが、多くは一を知つて十を知つた振りをする広告的学者で、何事も誇張する人があるのは余り喜ばしい事ではない」という。

 一方、真鍋さんは、90歳になっても今なお、自身の興味ある事象に疑問を持ち、探求を続ける。

私が最も興味を持っているのは、古代の気候がどう変化してきたかです。研究の一線から退いた後、気候の変化にともなって生物がどう進化したのかそしてその生物が気候にどのように作用するのか調べ始めたところです。この相互作用はとても魅力的です。これが私の答えです。

私は4億年以上の歴史について勉強し始めています。10億年、20億年前のことについて、本を読み始めました。 (出所:朝日新聞GLOBE+)

「古への篤学に対し今の学者は軽薄といふ可く、其の差、果して幾干であるか知る可きである」と指摘した栄一の言葉が今でも通じるようである。

 

 

立志、不惑、天命

「三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る」と論語にある。さらに続いて、「六十にして耳順(したが)う。七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)を踰(こ)えず」とあるが、さすがに九十の心中をあらわす言葉はない。

 ただ、60歳にもなると、他人のことばを聞くとその気持ちまで分かるようになるといい、70歳になれば、自分のこころの求めるままに行動しても、規定・規範からはずれることはないという。

dsupplying.hatenadiary.jp

  真鍋さんの歩みを振り返れば、もしかして、この孔子のことばと符合するところが多々あるあるのではなかろうか。立志し、惑わず、それを天命とし、自分の好きな研究に没頭する。それと同時に、道理を学び得ていく。

 

 

巧言は徳を乱る。小 忍ばざれば、則ち大謀(たいぼう)を乱る

と、「衛霊公第十五」27 にはある。

 さわやかな弁舌に引っかかって道徳心を乱すことがある。小さな正義に乗ってしまうと、大望を遂げることはできない。

 米国籍を取得しながら、一時日本に帰国し、研究に携わったようだが、そこでは自分の志を貫くことができないと判断したのだろうか、再び渡米したという。

日本では、科学者が意思決定者に助言する方法、科学者と政策決定者の間のチャンネルというものについては、双方がコミュニケーションを取っていないと思います。

アメリカでは、国立科学アカデミーが政府に非常に効果的な形でアドバイスをしており、はるかにうまくいっていると思います。(出所:朝日新聞GLOBE+)

 日本への貢献は小さな正義に適うが、気候を解明するという大きな正義から外れると考えたのだろうか。ご本人は意識されていないのかもしれが、それは、道理、道徳を尊重した行為であったとも言えそうだ。

論語の教え

「君子は上達(じょうたつ)し、小人は下達(かたつ)す」と、「憲問第十四」23 にあある。

「君子は道に志を有つて居るが為に、その学ぶ所のものは修身治国にあるから、遂には道徳、義理に通達する、けれども小人はその学ぶ所のものは末技小利に過ぎないからその通達する所のものも屑〻たる事功技芸に過ぎない」と栄一は解説し、「人はその学ぶ所其志す所を択ばねばならぬ」という。

dsupplying.hatenadiary.jp

 栄一は、その「達」を以下のように説明する。

「達」はその為すことに深味があり、重味がある。又学問にしても、より深くより広いのである。顔淵篇に「それ達は質直にして義を好み、言を察して色を観、慮つて人に下る、邦に在つても必ず達し、家に在つても必ず達す」とあるのも之れであつて、単にその形ばかりでなく、その行ひまでその通りにならなければならぬ。之れを以ても、如何に孔子が達に重きを置いて居るかを知る事が出来る。 (引用:実験論語処世談 渋沢栄一記念財団

dsupplying.hatenadiary.jp

 

 

真の調和の意味を知る、米国暮らし

 米国暮らしを択んだ真鍋さん、その理由を次のように語っている。

アメリカでは自分のしたいようにできます。他人がどう感じるかも気にする必要がありません。実を言うと、他人を傷つけたくありませんが、同時に他人を観察したくもありません。何を考えているか解明したいとも思いません。私のような研究者にとっては、アメリカでの生活は素晴らしいです。

アメリカでは自分の研究のために好きなことをすることができます。私の上司は、私がやりたいことを何でもさせてくれる大らかな人で、実際のところ、彼はすべてのコンピュータの予算を確保してくれました。

私は人生で一度も研究計画書を書いたことがありませんでした。自分の使いたいコンピュータをすべて手に入れ、やりたいことを何でもできました。それが日本に帰りたくない一つの理由です。 (出所:朝日新聞GLOBE+)

 そして、「なぜなら、私は他の人と調和的に生活することができないからです。(会場から笑い)」と話されたという。

 他者と調和できない人に、誰が協力しているのだろうか。真鍋さんが他の誰よりも「調和」の大切をご理解しているのではなかろうか。

協力はとても大事ですが、時として協力は簡単ではありません。自分に問うて欲しいのが、どのように実りある協力をするかということです。そしてそれを見つけることは容易ではありません。(出所:朝日新聞GLOBE+)

若者へ

 研究を志す若者に向けてのメッセージが印象的だ。そして、それは孔子や栄一の言葉にも通ずる。

ノーベル賞の真鍋さん、日本に帰らない理由語る 印象的な発言を紹介:朝日新聞デジタル

今はコンピューターに使われている人が多い。若い人に言いたいことは、コンピューターに振り回されるな、と。ポピュラーな、はやっている研究に走らずに。自分の本当の好奇心ですね。 (出所:朝日新聞

 大学院生から、「私たちの世代に対して、気候変動に関してアドバイスをお願いします」と問われた真鍋さんは、「私は改めて大学院生に勧めるのは、好奇心から始まる研究です。それがあなたたちにとって最も重要なアドバイスだと思います」と答え、さらに「他の人がうらやむような魅力的なプロジェクトではなく、あなたが得意なプロジェクトを選ぶのです。私は、自分が何に向いているかを見つけるのに苦労しました」と話した。

とても魅力的なアドバイスだ。そして、真鍋さんの半生が示しているのように、自分が欲するものはなかなか手に入らないということなのかもしれない。