「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

コミュニケーション不足、人心離反、こだわり過ぎた人事 ~炉辺閑話 #29

 

 人事は人々の関心事。それなのに、いつも「人事に関することなので....」と煙に巻き、露骨に嫌な顔をする。それでは公明正大からかけ離れ、裏があるのではと勘繰り、疑念が生じるものです。

 説明責任をはたしていませんと自らレッテルを貼ったようなものです。

 密室、秘密主義、不正隠蔽.....、人は勝手に想像を膨らせ、それがその人の人物像とみてしまい、思考に固着させていくのかもしれません。 

 人事による目に見える結果があれば、その疑念も解消するのかもしれませんが、そうでなければ、ますます深まっていくばかりです。

 

 人事は権力の象徴のようなもの.....

 人事を振りかざすことで求心力を回復しようと試みたのが間違いなのでしょう。

 よりオープンに、よりフラットにと望む人々がいるのなら、その強引さに嫌気がさし、さらに離反していくものかもしれません。

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 自ら貼ったレッテルで信用を失ったといえるのかもしれません。信用を失えば、もうコミュニケーションは成立しません。

 アナリストが「コミュニケーションをしっかりすることができなかった」、「国民を安心させるシナリオの提示に欠けていた」と指摘したといいますが、その通りなのでしょう。

 

 知りたかったのは本音で、建前ではありません。その裏に何かあるのではないかと、疑われれば、もうお仕舞ということなのでしょう。失った信用を回復するには膨大な時間が必要になります。それを悟ったのであれば、賢明な選択ような気がします。

論語の教え

人として信無くんば、その可なるを知らざるなり。大車輗(げい)無く、小車軏(げつ)無くんば、其れ何を以て之を行らんや」と、「為政第二」22にあります。

  大車に横木がなく、小車にくびきがなければ、動かすことができないように、人として信を失えば、人との結びつきがなくなり、どうすることもできなくなるという意味です。

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 また、「衛霊公第十五」33には、「知 之に及ぶも、仁 之を守る能(あた)わざれば、之を得ると雖(いえど)も、必ず之を失う。知 之に及び、仁 能(よ)く之を守るも、荘(そう)以て之に莅(のぞ)まざれば、則ち民 敬せず。知 之に及び、仁能く之を守り、荘以て之に莅めども、之を動かすに礼を以てせざれば、未だ善(よ)からざるなり」とあります。

「知識、学問が十分であっても、道徳を守ることができなければ、たとい地位を得たとしても、きっと失うだろう。知識、学問があり、道徳的であっても、どっしりとした態度で接しなければ、人々は敬意を払わない。知識、学問、道徳、厳かな態度がそろっていても、人々に仕事をさせるとき、人間として遇する礼儀をもってしなければ、まだ善しとすることはできない」との意味です。

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 的を得た孔子の教えではないでしょうか。

 

 あまり評価はされていないようですが、個片の施策や決断はそれなりの効果をあげていたのかもしれません。「なぜ理解されないのだろう」、成果ばかりにこだわり過ぎて、大切な人に寄り添う忠恕の心を見失ったのかもしれません。

晏平仲(あんへいちゅう)善く人と交わる。久しくしてもこれを敬す」と、「公冶長第五」17にあります。

「晏平仲」とは、斉の国の宰相で、賢人政治家といわれた人です。質素を旨とし、常に国家を第一、上を恐れず諫言を行い、人民に絶大な人気があったといいます。

 「あけっぴろげで、こだわりなく誰とでもつきあう。相手は、晏先生は気軽なお方だ、などと軽く考えて交際を続けるうちに、彼には叡智と毅然としたところがあることをしだいに発見して、立派なお方だ、ああいう方につき合っていただいているのはありがたいことだ、と思うようになってしまう。いかにも天成の政治家だ」と桑原武夫は解説します。

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 晏平仲のような人が次のリーダーになればいいのかもしれません。古い政治から決別すべきときなのでしょう。

 

「参考文献」