「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

たおやかなる皇后の言葉と大国の覇権争い、その大義はどこに

 

 皇后 雅子さまが誕生日を迎えられ、58歳になられた。誕生日にあたって寄せられた文書が宮内庁を通じて公開された。

【全文】皇后さまが誕生日にあたって寄せた文書 | 皇室 | NHKニュース

 コロナがあったり、様々なことで潤いがなく、ささくれだった空気感の中で、たおやかさを感じる。

 愛娘 愛子さまのご成長から話は始まり、新型コロナの災厄に話が展開していく。そして、「経済的社会的に苦境に直面している方が多くおられることに心が痛みます」と述べられる。

人が自らの命を絶つといった悲しく痛ましい出来事ができる限り起こらないよう、周りの人に相談したり、身近な支援窓口に足を運ぶことが容易にできるよう、これまで以上に皆でお互いを気遣い、支え合っていける社会となっていくことを願っています。(出所:NHK

 

 

 東日本大震災の復興にも触れられ、「癒えることのない心の傷を抱えた方々もおられることに心が痛みます」とおっしゃられる。

 また、この7月8月にあった豪雨で、各地で観測史上1位の降雨量を記録したことを指摘し、「今年も残念ながら、豪雨災害などの自然災害が様々な所で発生しました」と述べられ、「気候変動の影響によるものと思われる災害が増加しており、今後の対策がますます重要になってくるものと思われます」という。

 ノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎さんのことにも触れ、とても意義のあることし、「地球環境問題は、将来世代の存続に関わる問題であり、今を生きる私たち一人一人の意識や行動が、これからの地球環境に大きな影響を及ぼすものであるとの認識を広めるきっかけとなった眞鍋氏の研究が、高く評価されたことを喜ばしく思います」と感想を述べられた。

その後は東京オリンピックを振り返り、米メジャーリーグで活躍する大谷選手にふれ、また、ご自身で作業される養蚕についても、その様子を語り、周囲の助けや協力に感謝の言葉を述べられている。

 

 

嫌になる覇の争い

 目を転じて、ニュースを読めば、米中の対立が激化しているようで、民主主義や権威主義という言葉を借りた覇権主義に嫌気がさす。これが現実なのだろうが、平和への希求、希望がなければ、世界は善い方向に進むことはないのではなかろうか。

 結局、対立や分断を生みだすのは政治ということなのだろうか。難しいことなのだろうけれども、政治の暴走を抑止するしくみがあってもいいのではないかと感じてしまう。

「晋の文公は譎(いつわ)りて正しからず。斉の桓公は正にして譎らず」と、論語「憲問第十四」15 にある。

 孔子が生きた中国、春秋時代、覇者が諸侯を集めて、盟約を結ぶことを会盟(かいめい)と呼んだ。「文公」、「桓公」とも、諸侯の上に立ち覇者となったという。「文公」は本来なら天子の下に諸侯が集まるべきところを、自国に諸侯を集めたのみならず、狩りという名目で天子を自国に呼び寄せたという。一方、「桓公」は、天子中心の立場であったという。

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 覇を唱えるには、「大義」が必要なのだろうけれども、その「大義」に偽りがあってはならぬということなのだろう。ただほんとうに「覇」なるのもは必要なのだろうか。米中対立を見ていると、そんなことを感じる。

論語の教え

 子貢曰わく、「貧にして諂うこと無く、富みて驕ること無くんば、如何」と。

 子曰わく、「可なり。未だ貧にして楽しみ、富みて礼を好む者には若(し)かざるなり」と。

 子貢曰わく、「詩に云う、切するが如く、磋するが如く、琢するが如く、磨するが如し、と。其れ斯の謂いなるか」と。

 子曰わく、「賜や、始めて与に詩を言う可きのみ。諸に往を告げて、来を知る者なり」と、論語「学而第一」15 にある。

 

 

「貧乏であっても、どんな術を使ってでも物を求めるようなことはせず、金持ちになっても物力で偉そうにしたりしない。そういう生き方はいかがでしょうか」と、

 弟子の子貢が尋ねると、孔子は「まあまあというところだな。貧しくとも人間の生き方を考えたり、豊かであっても世の道理を求めようとする者には及ばない」と答える。

 すると、子貢は「詩にあります。切るごと、磋(と)ぐごと、琢(う)つごと、磨(す)るごとと。それをおっしゃりたいのですね」といい、「賜君、分かっている君となら詩を談じ合える。話を一度聞くと、その先のことが見える力がある」と、孔子は子貢を褒めたという。

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 子貢が引用した詩は、『詩経』の「衛風」の「淇奥(きいく)」の第一章にある「切磋琢磨」。衛の名君武公が人格修養につとめることを歌ったもの。

 彼の淇のかわの奥を瞻(み)れば、 緑の竹の猗猗(いい)とうつくし、 有にも匪(あざや)けき君子は、

 切するが如く磋するが如く、 琢するが如く磨するが如し・・・

「切磋琢磨」、石や玉などを磨くように学問、技芸、人間性などを磨き上げること。たゆまぬ努力により自己の力量、素質などを磨き上げることのたとえ。また、それが転じて、互いに競い合い、励ましあって向上することのたとえ。

 米中対立も「切磋琢磨」する関係になればいいのではなかろうか。雅子さまも述べられているように、世界には解決しなければならない、諸々の大きな課題があるのだから。