「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

【独善が過ぎないか】国葬準備に突き進む政府が、人権擁護を企業に求める違和感

 

 エリザベス女王国葬の準備が進んでいるようです。各国元首が参列、威厳あるものとなるのでしょうか。英国では、国葬は王室や特別な功労者を対象とし、議会での予算審議と承認が必須となっているといいます。

 日本でも国葬の準備が進んでいるようです。 意見が割れる中、招待状が速達で送られ、また、自衛隊が「弔砲」や「と列」、音楽隊の演奏などを行うとの決定がされたといいます。参加する自衛隊員は計千数百人となる見通しといいます。

安倍氏国葬に弔砲19発、自衛隊員千数百人動員 - 産経ニュース

 自民党の総務会でも国葬の決定プロセスに苦言があったといいます。また、旧統一教会との関係をめぐる点検についても、議員の自己申告によるもので完全な調査結果とは言えず不十分といった指摘もあったといいます。

 岸田政権の独善ぶりが気になります。そろそろ謝罪なり、言い訳があるのでしょうか。

 

 

論語に学ぶ

人にして不仁ならば、礼を如何せん。人にして不仁ならば、楽を如何せん。(「八佾第三」3)

 人に対する愛情「仁」を持たないような人間が、礼や楽を習ってみても、できようはずはない、もともと礼も楽もは、仁から生まれたものなのだからと意味します。

dsupplying.hatenadiary.jp

「天下を安んじることのできないものが、礼楽を行おうと思っても、行うことはできない」と儒学者萩生徂徠は、この章をそう読みます。

 国葬という形式ばかりにこだわり、倹することなく、必要以上にお金をかければ、奢りに見えてしまいます。そうなれば、「礼」から外れてしまうことはいうまでもありません。

 反発があって当たり前、それでは故人もうかばれません。儀礼はしめやかに行った方が、かえってその死を悼む声が大きくなるのではないでしょうか。

 英国と対比する訳ではありませんが、功績が違い過ぎます。日本では形式にとらわれず、故人を悼んで、より社会を目指すと決意を新たにするときではないかと感じます。できるのなら政府・自民党が率先してそうあるべきではないでしょうか。

 

 

 政府が人権重視の姿勢を強めるといいます。少々違和感を覚えます。宗教団体との関わりもそうですが、人権問題をなおざりにしてきたのがこれまでの政府・自民党ではなかったのではないでしょうか。

 日本経済新聞によると、供給網 サプライチェーン全体で人権侵害を把握し改善する「人権デューデリジェンス」に取り組む企業を、政府調達で優遇する仕組みを検討しているといいます。政府として人権重視の姿勢を鮮明にし、企業に取り組みを促すそうです。

人権配慮の企業、政府調達で優遇へ 入札時に加点検討: 日本経済新聞

 企業ばかりに求めるのでなく、政府・自民党自ら人権侵害の状況を把握し、率先して改善すべきではないでしょうか。

 夫婦別姓問題やLGBTQ、自民党が不得意としてきた問題にまず取り掛かるべきであって、国会議論がまた必要なことなのでしょう。また外国から問題視される外国人技能実習制度も然りではないでしょうか。

 

 

 自身の功績を大きく見せようとしていた首相がいました。その政権が長く続くことで、勘違いを助長してきたように感じます。現在を見れば功績よりも負の遺産の方が多かったのではないでしょうか。そうであるにもかかわらず、美化するようなことは絶対に避けなければならないのでしょう。その政権しか知らない若い世代への悪い影響が心配になります。

 国葬の形式にこだわり、防衛費増額とか、反〇とか、そうした類のことばかりに熱心なのはどうなのかと感じます。偏っていくようで危惧を覚えます。不幸な歴史は繰り返すようなことが絶対にあってはならないのですから。

 

「参考文書」

安倍晋三元首相とエリザベス女王、国葬をあえて比べると...手続き、準備期間、参列者の違いから見えること:東京新聞 TOKYO Web

自民党・総務会で安倍元総理国葬めぐり苦言相次ぐ 問われる岸田総理の“聞く力” | TBS NEWS DIG (1ページ)