バイデン米大統領が今週、ヨーロッパを訪問し、NATOやG7の会議に出席するといいます。ウクライナで続く戦争の解決に向け、糸口を見出すことはできるのでしょうか。
一方、ロシアとウクライナの停戦交渉を支援するトルコのチャブシオール外相は交渉が進展を見せており、合意に近付いているとの見方を示したといいます。
ロシア・ウクライナ停戦交渉「合意近い」 トルコ外相 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News
AFPによれば、チャブシオール氏は「戦争で民間人が殺害されている中で妥協を図るのが容易ではないのは当然だが、(交渉に)弾みが付いているということは言っておきたい」と述べたといいます。また、「両国は合意に近付いている」と語ったそうです。
ロシアの「狂」がいささかエスカレートし過ぎているように感じます。早期に解決に向かって欲しいものです。
プーチン大統領は今どんな心理状態におかれているのでしょうか。現実を直視できているのでしょうか。
自分が思い描く理想からかけ離れた現実から逃れるために、現実を歪曲し、事実を作り上げようとしているのでしょうか。
プーチン氏を突き動かすものは? その頭の中を西側情報当局が探る - BBCニュース
どうであれ、心は平静さを失い、誰もが求める安寧とはとても言えない状態なのではないでしょうか。
論語に学ぶ
子曰わく、由(ゆう)や、女(なんじ) 六言(りくげん)、六蔽(りくへい)を聞けるか、と。対(こた)えて曰わく、未(いま)だし、と。居(お)れ、吾 女に語(つ)げん。
仁を好みて学を好まざれば、其の蔽(へい)や愚。知を好みて学を好まざれば、其の蔽や蕩(とう)。信を好みて学を好まざれば、其の蔽や賊。直を好みて学を好まざれば、其の蔽や絞(こう)。勇を好みて学を好まざれば、其の蔽や乱。剛を好みて学を好まざれば、其の蔽や狂、と。(「陽貨第十七」7)
孔子が弟子の子路に「由よ、お前は六つの心得と六つの弊害とを学んだか」と語りかけたといいます。
子路は「まだでございます」と答え、孔子は「坐れ。お前に教えよう」といい、次のように諭したといいます。
「仁」愛することに熱中するだけで、どうあてはめるかを覚(さと)らないと、愚 その愛は当たっていない愚劣となる。
「知」事を明らかにすることに熱心になるだけで、そのしかたを覚らないと、蕩 議論倒れでとりとめもない。
「信」 まごころを尽くすことにすがるだけで、その程度を覚らないと、賊 行きすぎてたがいに被害者となってしまう。
「直」 まっすぐであることを第一として、その調整を覚らないと、絞 むやみに他者を非難するだけとなる。
「勇」 勇敢であることだけを誇って、そこに大義があることを覚っていないと、乱 秩序を乱すだけとなる。
「剛」 決心の堅さをうりものにするだけで、その本質を覚っていないと、狂 単に目的達成第一の独りよがりとなる。
「六言」、六つの心得「仁」「知」「信」「直」「勇」「剛」、こうした徳目をただ好むばかりで、学び、理解できなければ、それによる弊害が現れてくることになるというこなのでしょう。
プーチン大統領もこうした単語は知っているのかもしれませんが、その正しい意味を知らないばかりに、その弊害が現実化しているのかもしれません。
今、私たちはそれを目にしているのでしょう。
自分が欲しないことが現実化し、自分を苦しめ、さらに平静さを失っていく.....
日頃から賢人たちの言葉を学び勤しみ、「徳」を高め、自分を律することさえいれば、自分自身で自分を苦しめることもなく、また、人々を平和で平穏な日々に誘うこともできるのでしょう。
子曰わく、小子(しょうし)、何ぞ夫(か)の詩を学ぶ莫(な)きか。詩は以て興こす可(べ)く、以て観る可く、以て羣(ぐん)す可く、以て怨む可し。之を邇(ちか)くしては父に事(つか)え、之を遠くしては君に事え、多く鳥獣草木の名を識(し)る、と。
子 伯魚(はくぎょ)に謂(い)いて曰わく、女(なんじ) 周南(しゅうなん)、召南(しょうなん)を為(おさ)めしか。人にして周南、召南を為めざれば、其れ猶(なお)正に牆(しょう)に面して立つがごとし、と。(「陽貨第十七」8)
孔子が弟子たちに向かい「お前たちよ、どうしてかの詩を学ばないでよいものか。詩を朗誦すると、感情を高め、世態を観、人々と共生し、政治を批判することができる。また、近くに引きつけては、父に事える道が、遠くに置いては、主君に事える道が分かるし、動植物など万物の名称も数多く知ることとなる」と言いました。
また、孔子は子の伯魚には「お前は周南、召南の詩を学んだか。もし、人と生まれて周南、召南の詩を学んだことがないとするならば、それは塀に向かって立ち、どうしようもできない状態と同じことだ」といいます。
「周南、召南」とは「詩経」冒頭の篇。この中に、基本的な道徳が述べられていると孔子はいっています。
その「周南」は「関雎」と言う詩から始まり、「周の文王は佳(よ)き配偶者(淑女)をと求めたが、なかなか見つからず憂悶していたが、ついに見出し、夫妻が仲良く暮らした」との内容といいます。
「詩は以て興こす可(べ)く、以て観る可く、以て羣(ぐん)す可く、以て怨む可し」
(詩を朗誦すると、感情を高め、世態を観、人々と共生し、政治を批判することができる)。
徳を学ばずにしていると、塀に向かって立ち、前に進むようなもので、にっちもさっちもいかなくなり、行き詰ってしまうということなのでしょう。
まさに今のプーチンのことなのかもしれません。世界中の人から嫌われてしまったら何もできなくなってしまいます。
徳を理解し、実践できるようになって始めて平和で、平穏な日々が訪れずれるのでしょう。
幸いに今は、SDGsやESGが求められるようになり、みなが取り組み始めています。こうした活動を通して、徳を高め、実践できればいいのかもしれません。
「参考文書」
「戦時統制で沈黙を強制」ロシア独立系メディア代表: 日本経済新聞