「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

日中国交正常化50周年、中国が力をつけた50年、次の50年は何が待っているのか

 

 日本と中国の国交が正常化して29日で50年を迎むかえることになります。北京で25日、中国公共外交協会による「日中国交正常化50周年記念イベント」が開催されたといいます。

日中国交正常化50年 北京のイベントに行列「相互理解で関係打開」 | 毎日新聞

 毎日新聞によると、開会式で垂秀夫駐中国大使は「日中関係は順風満帆ではなかったが、国民レベルでの相互理解と信頼醸成こそが関係打開の王道だ」と述べたといいます。

 また、程永華前駐日大使は「ここ数年、両国関係には複雑な要素もあったが、こうしたイベントが中国国民にとって日本の文化を理解する窓口となることを望む」とあいさつし、中国外務省の劉勁松アジア局長は「国交正常化50周年を起点として民間交流の伝統をつなぎ、若い世代の交流協力が幅広く展開されることを期待する」と述べたといいます。

 隣国同士、緊張状態を作り出すより、互いの文化を尊重し合い、仲良くしていくほうがよいのではないでしょうか。再開となりそうなインバウンドにも隣国からの来訪は欠かせないのだから。

 

 

 今から50年前の1972年9月25日、当時の田中角栄首相が中国北京を訪問し、中国の周恩来首相と数回にわたって会談したといいます。そして、29日になってようやく「日中共同声明」に署名し、国交が正常化したそうです。

中国の覇権主義、大平外相が予言 「低姿勢、50年後変わる」―日中国交正常化:時事ドットコム

 田中首相に同行した大平外相は、覇権主義的な動きを強める現在の中国の姿を予想し、「中国は低姿勢だったが、50年たったら態度はガラッと変わる。大きく経済発展して日本を見下すようになるよ」と、共同声明調印式を終えた後、近習にそう漏らしたといいます。

 それから50年、大平予言が的中したということなのでしょうか。

論語に学ぶ

夷狄の君有るは、諸夏(しょか)の亡きに如かず。(「八佾第三」5)

「中華(夏)思想」の元になったといわれる言葉です。世界の中心は中国の天子にありとの考えです。

「夏は大なり」、「諸夏」とは中原にある文明のさかんな漢民族の国々を指し、その周辺にある野蛮な諸異民族と対立するといいます。「諸夏」の絶対優越性ともとれる言葉ともいわれます。

dsupplying.hatenadiary.jp

 孔子としては礼楽を中心とした秩序ある国を中国に復活せしめたい、魯の昭公が七年間も国外に亡命しなければならなかったというような、君亡き状態におちいっているにしても、あくまでも先王の道は不滅であり、自信を失ってはならない、と弟子およびみずからをはげましたのであろうと桑原武夫は解説します。

 

 

 司馬遼太郎も「この国のかたち」で、宋学(新儒教朱子学)が主張する「異民族を打ち払え」のような思想は、孔子の主張にはなかったといいます。時代変遷とともに、孔子の言葉も変化したということなのでしょう。

 中国が経済発展を遂げ、大国化の道を歩むようになると、それに危惧を抱く人も出てきます。その筆頭のひとりが故安倍元首相だったのではないでしょうか。

 力による現状変更に反対するという姿勢を外交において貫き、一方で、その力に「力」によって対抗しようとしていたのではないでしょうか。

国家安全保障会議NSC)や安保法、自由で開かれたインド太平洋、日米豪印(QUAD)など外交・防衛の実績はある。安保法は支持率が間違いなく下がるとわかっていたのに、中国の大国化を念頭に断行したのは、長期ビジョンを持つ安倍さんだからこそ、と思います。(出所:朝日新聞

国葬賛成、なぜ若者に多いのか 反対多数の高齢者と対照的なのは [国葬]:朝日新聞デジタル

 若者の安倍像です。「国を変えようとしたのが安倍さんだったと思う」ともいいます。

 安倍論理に説得力があったということなのでしょうか。

 

 

「力」に「力」で対抗しようとすれば、緊張が生まれ、対立へとつながっていきます。しかし、それは防衛力を増強する口実にはなるのでしょう。

 ただ歴史を振り返れば、ナポレオン・ボナパルトヒットラーのドイツ、また過去の日本もそうだったのかもしれませんが、力による現状の変更の企てはうまくいかず、遅かれ早かれ自滅の道を辿っていくものなのです。その歴史を知れば、力によらずに対処する方法を見つけることができるのではないでしょうか。

人は思うようにならないと気が済まないという性格をもっているのではないかといいます。ありとあらゆるものを「予測と制御」ができると信じているのではないかともいいます。

「自然は無理はしないようにできているので、そのままにしておけばいいのに、人はそれが気にいらない」と、解剖学者の養老孟司氏はいいます。

 自分が信じるものを実現しようと悪あがきしてしまうということなのでしょうか。無理せずとも解決できるはずなのに、そうできないということなのかもしれません。

 歴史も変えることはできません。過去を知り、それを反省するのであれば、対立に加担してはならないはずです。次の50年は共存共栄の道を模索すべきではないでしょうか。

 

「参考文書」

15歳のニュース 日中国交正常化50年 近年は関係悪化 改善の糸口は? | 毎日新聞

養老孟司さん、不耕起栽培を語る「1万年続けたことでも、180度違うこと考えていい」:朝日新聞GLOBE+

若年層は国葬に賛成、安倍政権下の経済回復や就職率改善を評価 - Bloomberg