自民党安倍派、二階派の裏金問題の捜査が続いています。いよいよ大物政治家への事情聴取が始まるのでしょうか。東京地検特捜部が松野前官房長官ら安倍派幹部に任意での事情聴取を要請したといいます。
松野、世耕、高木氏らに任意聴取要請 不記載経緯確認へ 東京地検 - 産経ニュース
「裏でこそこそ」、その実態に近づき、問題を明らかにして欲しいものです。
他方、野党では、立憲民主党の泉代表が、政治資金規正法の改正など、特定の政策課題の実現を目的に、日本維新の会や国民民主党などと新たな政権を目指したいという考えを示したといいます。
外交・安全保障やエネルギー政策については「すべてをやると言ったら時間もかかり、すりあわせも大変になる。まずはやるべきことを必ずやる政権をつくるべきだ。(出所:NHK)
物議をかもしているようですが、「政治改革内閣」、ひとつの役割に特化した政権があってもいいのかもしれません。
非自民政権による政治改革
1993年衆院選で自民党が大敗し、非自民8党派による細川政権が誕生しました。
その時首相を務めた細川氏は、「政権は長続きはしないと思っていた。短期決戦で、やれるのは政治改革とコメの市場開放の二つだと限定して、それに集中した」と述懐しています。
「新たな55年体制」の始まりか、政治の行方は? 河野洋平、小沢一郎、細川護熙各氏に聞く:時事ドットコム
やることをやれば政権は短命でもいいと私は思っている。私は政治改革とコメの市場開放をやったら辞めると、新生党の小沢一郎代表幹事にも前から伝えていた。政治改革関連法が成立した94年1月に「これで私の使命は終わった」と小沢氏に話した。(出所:時事ドットコム)
自民党のままで過ちを何度も繰り返し、変わることが期待できないのなら、違う選択肢を持つべきなのかもしれません。
論語に学ぶ
民は之に由(よ)ら使む可(べ)し。之を知ら使む可からず。(「泰伯第八」9)
「人民は政府の施策に従わせねばならない、なぜそうした施策をおこなうのか、その理由を知らせてはならない」と、孔子は言いました。dsupplying.hatenadiary.jp
この孔子の言葉には、この専制主義的なよみの他、「人民は政府の施策に従わせることはできるが、その理由をいちいち理解させることはできない、理解させるのが正しいのではあるけれども、残念ながら現実の問題としてそれはできない」とのよみもあります。
孔子の時代からいえば、専制主義的に読むべきではないか、為政者がなすべきは、安民であって、それは力によるのではなく、上位者の「仁」によって人民のために幸福な生活の場を作ることにある。なぜそうするか説明する必要はなく、それはおのずと伝わっていく。むしろわからぬうちに、人民が幸福になっている、というのが理想であって、孔子もそれを望んでいたのではないかといいます。
民を幸福にできるのかというところに主眼があり、専制とか民主制という論争ではないといいます。
孔子が目指したように真に国民のための政治がなされていればよいのでしょうが、「裏でこそこそ」、裏金作りに勤しみ、選挙に勝つことばかりに執着していては、一体、何のために政治が行っているのかということなります。
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いま生きている自分たちが何か特権的な階級であるかのように考えている。そして、自分たちだけで何でも物事を決められるかのように勘違いしている。そうした時代は非常に暴走しやすいというのが、オルテガの抱いた危機感だったのです。(出所:NHK)
「民主主義」とは、いま生きている人間の多数決によってさまざまなことが決定されるシステム。しかし、今を生きる人間が決めたことでも、してはならないことがあるはずだと、スペインの哲学者オルテガは『大衆の反逆』で主張しているといいます。
「死者とともに民主主義を行っていく」ことが、いわば文明の英知だったはずなのに、近代はその英知を投げ捨てていっている。これは暴走にほかならない。(出所:NHK)
オルテガが主張した「英知」とは、過去の人々の失敗に基づく経験知を通じて構築してきたさまざまなものであるといいます。
「新しい戦前」、岸田政権を揶揄する言葉のひとつです。オルテガの言葉を借りれば、「英知」が活かされていないということの現れのような気がしますし、そうであるのなら、今、政治の暴走が始まっているといってもよさそうです。その行きつく先はと考えるとぞっとします。
「参考文書」
『クロ現』降板の国谷裕子が問題の菅官房長官インタビューの内幕を告白! 「メディアが同調圧力に加担」との警鐘も|LITERA/リテラ