南容 白圭(はくけい)を三復(さんぷく)す。孔子 其の兄の子を以て之に妻(めあ)わす。(「先進第十一」6)
(解説)
「弟子の南容は、白圭の詩を何度も読み返していた。孔子は兄の娘を南容の妻とした。」(論語 加地伸行)
「白圭」は、「詩経」抑篇の中の句を指すという。
「白き圭(たま)の玷(か)けたるは尚磨く可きも、斯の言の玷けたるは為(おさ)む可からず」
(玉に欠けたところがあっても修復はできるが、失言は回復することができない。)
南容は、発言の慎重さを要請した「白圭」のこの一節を好んで口ずさんでいたという。孔子はこの慎重な人物なら乱世を無事に切り抜けるに違いないと見込んで姪を与えたのだと桑原は解する。
「南容」、姓は南宮、名は括、字名が子容。孔子の門弟の一人と言われる。
(参考文献)