子夏曰く、賢を賢として色に易(か)え、父母に事(つか)えて能(よ)くその力を竭(つ)くし、君に事えて能く其の身を致し、朋友と交わるに、言いて信有らば、未だ学ばずと曰うと雖(いえど)も、吾れは必ず之れを学びたりと謂わん。 (「学而第一」7)
(意味)
「夫婦はたがいに相手の良いところを見出してゆくことが第一であり、容姿などは二の次だ。次に、父母にお仕えするときは、自分にできることの限りを尽くし、一方、主君にお仕えするときはまごころを尽くし、友人と交わるときは、ことばと行動とが一致するよう信義を守る。もしそういう人柄であれば、たといその人が「いや、自分のような者はまだまだです」と言ったとしても、私はもう十分に君子 教養人であると考える。」(論語 加地伸行)
加地伸行はこのように訳し、「易色」を「女色を軽んじる」すなわち女性を追っかけたりしないとするのが一般的な解釈だとするが、この句の後は親子、君臣、友人に対するありかたを述べているのだから、もう一つの重要な人間関係、夫婦についてのあり方と解釈したいという。これに対し、桑原はまったく異なる見解を示す。
「賢者を尊敬し、父母に孝行で、君主によく事え、朋友に信があれば、正規の学問がなくても学問をした人間として評価したい。」
その違いは、冒頭部、賢賢易色のところ。
「色」は美人とも読み、また顔色とも読む。「易」は、換とも読み、如しとも読む。
桑原は、こう主張する。
孔子は、美と善とは必ずしも背反するものではなく、むしろ古代的調和において真善美の三者は並存むしろ融合的にとらえていたのではないか。過度におちいらないかぎり、美人を愛することは人間の性情として、真であり、社会として善であり、感情として美であるはずだ。(論語 桑原武夫)
古注では、賢者を賢者として尊ぶことは美人を愛するようであれとする。
狩野直喜も宋儒のリゴリズムを揶揄していたとのこと。
私個人としても、桑原説をとりたい。その方が深みがでて、味わい深くなる。
しかし、そうなると渋沢栄一に言い訳の材料を与えるようにも思える。
後年の栄一の逸話。栄一の人間臭さも
こうした夫渋沢栄一について、兼子夫人は晩年、子供たちによくつぶやいていた。
「お父さんも論語とはうまいものを見つけなさったよ。あれが聖書だったら、てんで守れっこないものね」
渋沢は生涯、論語を愛し、論語の文献を集め、講読会を開き、儒教倫理を説いた。ただし、論語には、夫人の指摘する通り、女性に対する戒めはない。 (雄気堂々 序曲 流産祝)
桑原は、本章の主意は、個々の徳目よりも、むしろ、本を読んで正式の学問をしていなくても、実践的に立派であれば学問をしたといってよい、つまり、学歴より実践を尊重するということを示しているという。
また、桑原は、「葉隠」的、武士の本分のようにとらえることは子夏の本意であるまいという。「君に事えるときは身を惜しまずに働く」という程度にぼんやりととっておきたい。
(「葉隠」は「鍋島論語」とも言われ、武士の行住坐臥から心得まで、こと細かに書かれた作者(語り手)山本常朝(鍋島藩士)が描いたサムライの理想)
「子夏」、姓は卜(ぼく)、名は商。孔子より44歳若く、孔子学団の年少グループ中の有力者。文学にすぐれた、つまり最高の文献学者だったという。孔子晩年の弟子。
孔子が外出しようとしたとき、雨が降ったが、傘がなかった。弟子が「子夏がもっていますよ」というと、孔子は「あれはケチだからなあ」と答えたという。続けて「人の長所を言い、短所を忘れることによって、長くつきあいができるのだ」と言ったと、加地は「孔子家語」の一節を紹介する。
あのミケランジェロは、『つまらないものが完璧を生み出すのです。そして、完璧なものはつまらないどころではないのですよ』といった。
つまらないこと、日々の些事の積み重ねが偉大な芸術になることを実践で示している。

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訳者によって見解が異なることも、また論語の面白いところでもある。どちらを採用するかは読み手個人に任せてもよいかと思う。
(参考文献)

