「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

北海道新幹線で談合の疑い ― 延伸工事が映し出す20年遅れの聖域、止まった多重下請け構造の解消

公正取引委員会が北海道新幹線の延伸に伴う軌道敷設工事において、独占禁止法違反(不当な取引制限)の疑いでJR系列の鉄道工事会社9社、および発注元である「鉄道・運輸機構」への立ち入り検査に踏み切りました。

北海道新幹線延伸で談合か 公取委、9社・機構に立ち入り - 日本経済新聞

今回の対象工事において、入札が終了した5区間の落札率は94.3%〜99.8%という異常な高止まりを見せていました。実質的な競争が機能せず、各社が希望区間を分け合って受注をすみ分ける「1社応札」が常態化していたとみられています。

この不祥事劇は、単なる個人のモラルハザードではなく、縮小市場における「多重下請け構造」の末期症状と捉えるべきです。

縮小していく限定された市場の中で、淘汰もされず生き残る過剰なプレイヤー9社。そして、その下にぶら下がる下請けピラミッド。この巨大な生命維持装置としての「互助会システム」では競争が排除され、膨大な固定費というムダが温存されます。結果として、総事業費「3.5兆円」という大規模事業となり、公金のムダも膨張していくのです。社会保障など国民向けサービスでは強引な改革(あるいは改悪)が進められている現実とは、まさに真逆の光景がここにあります。

日米の鮮烈なコントラスト:「未来へ進む」米国と、「過去を墨守する」日本

ここで少し視野を広げ、海外のインフラガバナンスに目を向けてみましょう。例えば現在の米国では、AI普及による「電力需要の急増」という未来のリアリティを前に、電力会社同士がダイナミックな合弁やM&A(企業の合併・買収)を急ピッチで進めています。再生可能エネルギー大手のネクステラ・エナジーが、データセンター需要を抱えるドミニオン・エナジーを業界史上最大規模で買収した動きなどは、その象徴です。

米電力ネクステラ、10兆円で同業ドミニオン買収 業界史上最大M&A - 日本経済新聞

民間の論理で組織を大型化・効率化し、リスクを取って巨額の次世代設備投資へ舵を切る──。これが、市場の現実に合わせて供給側の構造を組み替える「攻めのアクション」です。

翻って、日本の鉄道インフラの足元はどうでしょうか。そこにあるのは、米国とは真逆の「過去の体制の維持」に汲々とする守りの姿勢です。

かつて2000年代、日本の公共事業改革の嵐の中で、道路舗装業界や鋼橋(鉄骨の橋)業界は公取委の容赦ない摘発を受け、100社近くあったプレイヤーが数社の大手グループへと大合併・再編を強制されました。管理部門の統廃合や重複投資の排除によって莫大な固定費を圧縮し、市場の縮小に無理やりにでも適応させられた歴史があります。

しかし、鉄道(新幹線)だけは「整備新幹線」という聖域路線と巨大な国家予算があったがゆえに、JRの地域(縦割り)に紐づいた9社体制と、それぞれの本社経費、そして天下りポストがそのまま温存されてきました。

現在、地方の現場は「誰も引き受け手がいない」という深刻な地盤沈落を起こしています。「9社は多すぎるから再編しろ」と下手に既存のピラミッドを突っつけば、インフラの維持そのものが崩壊しかねないという恐怖を政治や行政は抱きます。その結果として生み出されたのが、他業界から20年取り残された「聖域」であり、過剰な固定費を国民の税金に転嫁し続ける構造なのです。

「生存戦略」とは何か:論語が明かすガバナンスの機能不全

ここで私たちは、「生存戦略とは何か」という根源的な問いに突き当たります。

目先のピラミッドを維持するために、競争を排除して公金を膨張させ続けること。それは果たして、真の意味での「生存」と呼べるのでしょうか。

譬(たと)えば山を為(つく)るが如し。未だ一簣(いつき)を成さずして止むは、吾(わ)が止むなり。譬(たと)えば地を平らかにするが如し。一簣を覆すといえども、進むは吾(わ)が往くなり。(「子罕第九」19)

「山を作るとき、あと一モッコ(土を運ぶ竹の器)の土を盛れば完成するというところで止めてしまうのは、他の誰でもない、自分自身が歩みを止めているのだ。逆に、平地を作ろうとするとき、たとえ最初の一モッコの土をひっくり返したばかりの微力な一歩であっても、前に進むのは、自分自身の意志で歩みを進めているのだ」

過去、日本の公共事業は改革を進め、多重下請け構造の解消という成果を実直に積み上げてきました。それなのに、人口減少と縮小経済という冷徹なリアリティを前にした今、「既存の枠組み(9社体制)を維持すること」に汲々とし、構造の組み替えという最後の一歩を踏み出せずにいます。

この、リスクを恐れた現状維持という名の「停滞」こそが、論語のいう「未だ一簣を成さずして止むは、吾が止むなり」(自らあきらめ、思考停止している状態)に他ならないのではないでしょうか。

一方で、前述した米国の電力会社が、未来の需要を見据えて10兆円規模のM&Aを断行し、ダイナミックに構造を変革していく姿は、まさに「一簣を覆すといえども、進むは吾が往くなり」という、自らの意志で未来へ歩みを進める生存戦略そのものです。

政治や行政が「9社体制の解体や再編」という痛みを伴うメスを入れられないのは、ピラミッドが崩壊すること、あるいは一時的な機能停止という「失敗のリスク」から、自らの身を守るためです。しかし、崩壊の恐怖に怯えて縮こまり、非効率なシステムに公金を投入し続けることは、インフラの延命であっても、国家の生存戦略ではありません。

まとめ:「進む意志」の再定義

今回の北海道新幹線を巡る談合疑惑は、単なる一過性のニュースでも、特定の企業のモラルハザードでもありません。それは、社会保障費の削減など国民には痛みを伴う「改革」を強いる一方で、20年もの間、構造転換から守られてきた「聖域」が存在するという、我が国のガバナンスの歪みを映し出す鏡です。

「失敗を許さない(Fail is not an option)」というプレッシャーの裏で、未来へ向かって土台を組み替えるという「進む意志」を失ってしまったことがこの国の病巣です。

今必要なのは過去の体制の「墨守」ではなく、次の時代へ向けての新たな「生存戦略」です。最初の一モッコをひっくり返す、その「吾が往くなり」の意志を政治が持てるのかどうか。巨大なムダを排除しようとする意志がない限り、インフラはおろか国民生活も立ち行かなくなるかもしれません。