「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

「知らない」「言わない」という無責任:責任を回避する政治の機能不全

欧米のリーダーがトランプ氏の「力の論理」に対して明確に「NO」という意思表示や国際法の遵守を掲げる一方で、日本の国会では奇妙な光景が繰り広げられました。共産党の田村委員長の「総理に聞いてます」という執拗な問いに対し、総理は沈黙し、大臣に答弁を譲る。

共産・田村議員「総理に聞いてます。総理に聞いてます」→坂本委員長「まず所管大臣から」→ 田村議員「総理に聞いてます。総理に聞いてます」 イランへの“先制攻撃”めぐり国会紛糾 | 政治 | ABEMA TIMES | アベマタイムズ

この**「対話の拒否」**こそが、今の日本が抱える最大の危機ではないでしょうか。これは単なる政治的駆け引きではなく、**「言葉への責任」と「他者への想像力」**がいかに欠落しているかを浮き彫りにしています。

「論評回避」という沈黙の罪

スペインやイギリスの首相は、たとえ同盟国であっても「戦争反対」「先制攻撃には参加しない」と、**国際法(時事ドットコム:米学会声明)**を根拠に明確な意思を示しています。一方、高市首相は、委員会運営の影に隠れようとしました。

スターマー英首相、米・イスラエルのイラン攻撃めぐりトランプ氏に異論 英は先制攻撃に参加しないと - BBCニュース

日本外交における**「主体性の欠落」**があらわているのではないでしょうか。自分の言葉が国際秩序や自国民の生活にどう響くかを考え抜く「想像力」があれば、沈黙という選択肢はあり得ないはずです。まして、「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」といっているのですから。

「過ち」が映し出すリーダーの正体

この姿勢はイラン問題だけではありません。話題となった「SANAE TOKEN」。首相は自身の関与はないと否定する声明をSNSに投稿していました。

SANAE TOKEN騒動でNoBorderが対応を発表 ホルダーへの補償、名称変更、プロジェクト見直し | 東スポWEB

東京高裁によって解散を命じられた旧統一教会を巡っては、世界日報のインタビュー取材に5回応じたと明らかにし、「教団と関係があると知って取材を受けたわけではない」と言い訳していました。

高市早苗首相、世界日報から5回の取材 「教団関係と知らず」 - 日本経済新聞

『知らずに取材を受けた』『私の事務所側も、当該トークンがどのようなものなのかについて知らされておりません』。これらの個人的な無自覚は、国家レベルでは**『リスク管理の不在』**という致命的な欠陥となります。自らへの影響力に無頓着なリーダーが、どうして複雑な国際情勢の連鎖を制御できるのでしょうか。

万事を貫く「忠恕」の欠如

子曰わく、参(しん)や、我が道は一(いつ)以(もっ)て之(これ)を貫く。……夫子の道は、忠恕(ちゅうじょ)のみ。(「里仁第四」15)

私の道は一つの原理で貫かれている。……先生の道は、自分を欺かない誠実さ(忠)と、相手への思いやり(恕)に尽きる。

高市政権が「機能不全」を起こしている最大の原因は、この**「一以貫之(いちいかんし)」**の欠如にあるのかもしれません。

  • 分断された論理: 外には「強い日本」を語りながら、内では「生活インフラ」を人質に取られる。あるいは「誠実」を掲げながら、過去のしがらみには「無自覚」を貫く。そこには一貫した「道」がありません。

  • 忠恕の不在: 「忠(自分に嘘をつかない)」があれば、「知らない」という言葉で責任を逃れることはできません。「恕(他者への想像力)」があれば、不用意な発言がもたらす他国の緊張や、暗号資産の暴落に苦しむ人々に思いが至るはずです。

『忠』とは、自分自身の言葉に嘘をつかないという内的な誠実さであり、『恕』とは、自分の決断が他者の食卓や生活をどう変えるかを想像する外的な慈しみです。この両輪が揃って初めて、政治は『戦略』としての体裁を成し得ます。

「第三の道」を阻む沈黙の壁

スペインやイギリスの首相が示したのは、同盟を維持しつつも「平和という戦略」を優先する自律した意志です。

スペイン首相、トランプ氏に反論 テレビ演説で「戦争反対」 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News

それに対し、日本の「論評回避」や「答弁拒否」は、戦略ではなく単なる**「思考の放棄」**に過ぎません。

「知らない」「言及しない」で済まされるほど、現代の生活システムは頑強ではありません。一瞬の判断、一言の責任が、私たちの「平和というインフラ」を支えているのです。


まとめ:プリミティブな誠実さへの回帰

日本が歩むべき「第三の道」とは、最先端の武器を持つことでも、大国に盲従することでもありません。それは、「自分の言葉が誰の生活を動かすのか」という想像力(恕)を持ち、その言葉から逃げない誠実さ(忠)を貫くことです。

自分がされたくないことを、他者や未来の世代にしいない。

「総理に聞いてます」という問いは、単なる政治的対決ではなく、**「あなたは一国のリーダーとして、この生活破壊の連鎖に対し、自分の言葉で責任を負う覚悟があるのか」**という、極めてプリミティブで本質的な問いだったのではないでしょうか。

「恕」思いやりの精神が、リーダーの言葉一つひとつに宿っているか。私たちは、その言葉の重みを秤にかける『厳しい目』を持ち続けなければなりません。それこそが、沈黙の壁を突き崩し、平和というインフラを守り抜く唯一の手段なのですから。

 

 

「参考文書」

旧統一教会に高裁も解散命令、清算手続き開始 民法上の不法行為で初 - 日本経済新聞

「SANAE TOKEN」金融庁が実態把握へ、高市首相関与否定で価格急落 - 日本経済新聞

 


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