序文:「ソフトウェア投資増」という、低すぎる基準
第一生命経済研究所の熊野英生氏が、ソフトウェア投資の堅調さを報じている。2025年10-12月期、名目で前年比4.9%増。数字の上では、日本のデジタル投資もようやく「本物」になってきたかのように見える。
ソフトウェア投資とアンソロピック・ショック ~日本の潜在成長率への影響~ | 熊野 英生 | 第一生命経済研究所
しかし、その実態を覗き込めば、暗憺たる気持ちになる。SaaS企業が派手なCMを打ち、製造業の現場に向け「図面探し」の非効率を説く。2026年にもなって「図面が見つからない」という次元の現場が、いまだ経済大国日本の巨大なマーケットとして君臨している事実に、私は言葉を失う。
テクノロジーを武器とするのがあたり前と考える身からすれば、それは「攻めの投資」などではない。とっくに卒業しているべき「周回遅れの清算」に過ぎないのだ。
1. 「イノベP」という、頭の悪い予算配分
この停滞する現場に対し、経産省は「イノベP(イノベーション・プロデューサー)」なるプロジェクトを掲げ、プロ人材を中小企業へ送り込もうとしている。
中小企業の新事業参入、プロ人材に託す 経産省が求める6つの力 - 日本経済新聞
だが、自律的に技術をアップデートできず、いまだ「図面探し」に時間を溶かす企業に、外部から「プロ」を繋ぎ止めて何になるのか。それは成長への投資ではなく、淘汰されるべき構造への「介護」ではないか。
調達を仕事にする立場からすれば、テクノロジーに無頓着な企業は真っ先に取引を止める対象だ。そこに貴重な国家予算と高度人材を注ぎ込むことは、日本全体の投資効率を著しく低下させ、生産性向上を自ら阻害していることに他ならない。これでおカネが足りない、増税だと言うのは、あまりに「頭が悪すぎる」話だ。
2. 「能力不足」という免罪符の裏側
Forbesが報じる「能力ある従業員の不足」。しかし、本当の不足は「能力」ではなく、変わらなければ淘汰されるという「緊張感」ではないか。
日本企業のイノベーションを阻む最大の壁 4割が回答した能力ある従業員の不足 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)
補助金や低金利、そして「イノベP」のような支援策が、不適合な企業の延命を「ハック」してしまっている。本来、成長産業へ流れるべき人材と資金が、ゾンビ化した構造の中に閉じ込められている。この「優しさが生む残酷な停滞」こそが、日本の潜在成長率を押し下げている真犯人なのだろう。
3. アンソロピック・ショックが暴く「偽物のDX」
Anthropic(Claude)をはじめとするAI革命、いわゆる「アンソロピック・ショック」が、知的労働のあり方を根底から書き換えようとしている。
【SaaS壊滅】一流が全員使う「本命AIツール」が衝撃すぎた
この荒波が来ている今、図面をデジタル化した程度の話で「生産性向上」を語るのは滑稽ですらある。
「カネが足りない」のではない。「使い道が間違っている」のだ。 投資効率を無視し、既得権益を守るために資源を浪費し続ける。この知的怠慢を、私たちはいつまで許し続けるのだろうか。
結び:職責を果たさぬ者たちへ
『論語』泰伯第八に、こうある。
「其(そ)の位(くらい)に在(あ)らざれば、其(そ)の政(まつりごと)を謀(はか)らず。」(「泰伯第八」14)
通常は身の程をわきまえる教えとされるが、今、この言葉をリーダーたちに逆説的に突きつけたい。 その地位にありながら、国家の真の成長を導く職責(政)を忘れ、特定の既得権益や「静止した構造」を守ることに腐心する。それはもはや、その職に在る資格を自ら放棄しているのと同じではないか。
「美」しきDXの言葉で着飾っても、そこに「善(真の内実)」としての変革がなければ、日本経済は二度と浮上しないのではないか。
暖簾に腕押しのような状況であっても、私たちはこの「投資の空虚」を指摘し続けなければならない。主役であるべき生活者の「実」が、そこで失われ続けているのだから。

「参考文書」
「SaaSの死」余波は銀行・ファンド株まで 米KKRは2日で8%安 - 日本経済新聞


