「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

既存政治を壊するのは誰なのか — 「価格破壊」中内功の「高速回転」から考えること

選挙が終わり、SNSでは「正義」を巡る不毛な論争が空転している。その喧騒を離れ、私は城山三郎の『価格破壊』を手に取った。主人公は矢口。ダイエー創業者中内功氏がモデルといわれる。彼の「価格破壊」安売りへの執念の源泉は、ビジネスの合理性などではない。

それは、フィリピンの戦場で体験した、剥き出しの「死」と「飢え」だった。

「静止」という名の腐敗への対抗

中内氏にとって、戦場での「静止」は死(腐敗)を意味した。一箇所に留まることは、敵の標的になるか、飢えに飲み込まれることを意味したのだ。

復員後、彼がダイエーで実践した**「高速回転」**とは、単なる効率化の指標ではない。商品を「どんどん」動かし、淀みなく消費者の元へ届けるスピードこそが、中内氏にとっての健全な経済の証であり、死への唯一の対抗策だった。それは戦場での過酷な体験で学んだものだった。

 中内功氏が掲げた「よい品をどんどん安く、より豊かな社会を」という基本理念は「戦場での飢餓体験」と「腐敗への恐怖」という壮絶な記憶から生まれた

戦地では、倒れた兵士の屍がまたたく間に腐敗し、ウジがわく光景が日常だった。中内氏自身も瀕死の重傷を負った際、傷口にわいたウジが腐った部分を食べてくれたおかげで命拾いしたという、壮絶な体験をしている。

「動かないもの」は死ぬ。 戦場において「停滞」や「不動」はそのまま「死」や「腐敗」を意味した。この強烈な原体験が、戦後のビジネスにおいて「商品を棚に留め置いてはいけない(=腐る)」「常に動かし続けなければならない」という高速回転の強迫観念に近い信念へと昇華された。

この理念と戦争体験の繋がりは、以下のポイントに集約される。
  • 「飢え」をなくすという使命感:フィリピンの戦場で、中内氏は仲間が次々と餓死し、自分も極限の飢えを経験した。この体験から、「人々が空腹に苦しまず、お腹いっぱい食べられる社会を作ること」が、後の彼の商売の原動力となった。
  • 「豊かさ」の再定義:彼にとっての豊かさとは、一部の特権階級だけが享受するものではなく、「誰もが安く、自由にモノを買えること」だった。メーカーが価格を支配し、庶民が手を出せない価格を維持することに対し、戦場を生き抜いた彼は激しい憤りを感じていた。これが「価格決定権を消費者に取り戻す」という信念に繋がった。

後に彼は、「店は戦争の基地であり、基地をいくら持っているかが戦争(流通革命)の勝敗を決する」と語っている。彼にとっての全国展開は、日本から「飢餓」と「不自由」を駆逐するための、文字通りの「闘い」だった。この背景を知れば、『価格破壊』というタイトルの裏側にある、単なる経済用語を超えた「凄まじいまでの生への執着」であることがわかる。

中道改革の「停滞」と、奪われた熱狂

翻って、今回の総選挙で敗れた中道改革連合はどうだったか。彼らが掲げた言葉に、中内氏のような「止まれば腐敗する」という切迫感はあっただろうか。

東京新聞が報じる「1119人の無効票」や、自民党地方議員の冷ややかな指摘。それは、中道改革が既存の政治システムという「淀み」の中で静止し、生活者の「実」から遊離していたことを物語っている。

そりゃボロ負けするわ…中道改革連合が若者にソッポを向かれた納得の理由 | DOL特別レポート | ダイヤモンド・オンライン

一方で、若者たちが「サナ活(高市氏への熱狂)」に流れたのは、彼女のナラティブの中に、歪んだ形であれ「既存体制を破壊して動かす」というダイナミズムを感じたからだろう。中道が「戦略的死地(山口周氏)」で足踏みしている間に、中内氏(矢口)が持っていたはずの「破壊者」としての熱量は、より先鋭的な場所へと奪われてしまったのだ。

中道・リベラルの本質は「解放」にある

しかし、ここで立ち止まって考えたい。中内功氏が挑んだ「飢餓と不自由の駆逐」こそ、中道やリベラリズムの本質そのものではないだろうか。

リベラリズム自由主義)の語源は「解放」だ。 かつての中内氏にとって、メーカーが価格を独占し、消費者が高い金を払わされる状態は、個人の自由を奪う「不自由」だった。今の日本における実質賃金の低下、若者が家を買えない窮状、これらは現代版の「飢餓」であり「不自由」だ。

本来のリベラルとは、こうした人々を縛る「古い構造(既得権益)」を壊し、個人に力を取り戻す闘いであるはずだ。また、真の中道とは、右と左の平均を取ることではない。生活という「実」を最優先し、それを脅かすあらゆる淀み(静止)を高速で突き破っていく「生活のリアリズム」のことではないのか。

 よくよく考えてみれば、自民党は大企業に支えられ、一方、中道は労働組合連合を支持母体とする。それなのに、本来、中道やリベラルが語るべきナラティブを語ったのが高市首相だった。「既存体制を破壊して動かす」。自由民主党、LDP。リベラル・デモクラティック・パーティ。おかしなことではないのかもしれないが。


結び:過ちを観て、斯に仁を知る

中内功(矢口)の歩みは、既存の秩序から見れば、時に暴走し、時に過ちを犯す「毒」であったかもしれない。しかし、その過ちはすべて、戦場の飢餓を知る者が「生」を守ろうとしたがゆえの、あまりに誠実な足跡だった。

論語』には、こうある。

「人の過ちや、各々その党に於いてす。過ちを観て、斯に仁を知る(「里仁第四」7)

今、中道やリベラルが犯している「敗北」という名の過ちを、私たちはどう観るべきか。それが単なる保身や知性の怠慢から来るものなのか、それとも、不自由な社会を壊そうともがいた末の「仁」の欠片なのか。

もし後者であるならば、その過ちこそが、次なる「価格破壊」の種火となるはずだ。 誰の、何のための「過ち」を背負うのか。その覚悟が定まったとき、政治は再び、人々の生活を動かす「高速回転」の熱量を取り戻すのかもしれない。

 

「参考文書」

中道惨敗、小川淳也新体制にまず必要なこと 自民圧勝、陰の要因は「1119人」〈久米晃が解く 政界の実相〉:東京新聞デジタル

高市首相「世界で最も強力な女性」 英誌エコノミストが特集:時事ドットコム