総選挙投開票日が近づいてきました。そんな中、タイムラインを埋め尽くすのは、相変わらず、政策の深い議論ではなく、目を疑うような「アテンション(関心)」の奪い合いです。
「野党の手柄を横取り」自民広報X ガソリン暫定税率廃止を「高市内閣の実績」とアピールも寄せられる疑問の声 | 女性自身
ガソリン税廃止を自らの手柄とするSNS発信や、肝心の党首討論のドタキャン。そこに見えるのは、一国の首班としての責任感ではなく、ただ「選挙に勝つための装置」と化した政治の姿ではないでしょうか。
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— 自民党広報 (@jimin_koho) 2026年1月30日
高市内閣就任3か月の
取り組みと実績
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✨️ガソリン税・軽油引取税の暫定税率廃止
ガソリン税:25.1円/L
軽油引取税:17.1円/L
約1.2万円の減税(1世帯/年)
※ガソリン税は12月31日、軽油引取税は2026年4月1日に廃止… pic.twitter.com/B2iWXJB0yc
このXの投稿は、まさにアテンション・エコノミーの典型です。複雑な合意形成のプロセス(野党との協議や暫定税率の歴史)を削ぎ落とし、「高市内閣の実績」という一行に凝縮する。この「単純化の罠」こそが、私たちの思考を停止させ、熱狂へと動員する装置なのです。
「アテンション・エコノミーのジレンマ」は*「情報の即時性と単純化が、真実を追い越していく」と指摘しています。
選挙に勝つための装置:「君子は器(うつわ)ならず」という警告
論語に**「君子は器ならず」**(「為政第二」12)という言葉があります。 「器」とは、役に立つが、特定の用途にしか使えない道具のこと。孔子は、真のリーダー(君子)は、特定の専門技能だけで全体を見ない人間や、特定の役割に縛られる人間になってはならないと説きました。
自民、維新との競合区でも優位に 「政策より『高市』連呼が票に」 | 毎日新聞
今の首相はどうでしょうか。 SNSを駆使した若年層へのアプローチや、論点をずらすレトリック。これらが「選挙に勝つための高度な技術(器)」であったとしても、そこに国民の生活を守り、対話を重んじる「心」がなければ、それは単なる「権力の濫用」に過ぎません。一国のリーダーは、「勝利のための手段」に特化しただけの存在であってはならないのです。
「己の欲せざる所」の不在
さらに、論語の最も有名な黄金律「己の欲せざる所、人に施すこと勿れ」が突き刺さります。
子貢問うて曰わく、一言にして以て終身これを行うべき者ありや。子曰わく、其れ恕か。己の欲せざる所は、人に施すこと勿れ。 (「衛霊公第十五」24)
弟子の子貢が、「たった一言で、生涯ずっと守り通すべき大切な言葉はありますか?」と問いました。「それは『恕(思いやり)』だろうね。自分が人からされたくないと思うことは、他人にもしてはいけないよ」と孔子は言いました。
「恕(じょ)」とは、相手の立場に立って考える「思いやり」のことです。
もし自分が一国民として、政治家から「実績の横取り」や「議論の場からの逃亡」をされたらどう思うか。その不信感を自分自身が味わいたくないのであれば、国民に対してもそれを行ってはならない。 この極めてシンプルで重い誠実さが、今の官邸主導のPR戦略からは完全に抜け落ちています。
国民を「説得の対象」ではなく「動員の材料」と見なす姿勢は、辻田真佐憲氏が危惧した「プロパガンダの論理」そのものです。
情報の格差を隠れ蓑にし、テンプレート化された「強さ」を演じる政治。しかし、市場が示した「円安」や「金利急騰」という事実は、そうした器用な振る舞いでは未来を救えないことを警告しています。
情報を隠す、あるいは歪めて伝えることは、相手(国民)を自分と対等な存在として認めていない証拠です。それは「恕」の対極にある行為であり、三宅氏が危惧する「伝わらない言語化(=一方的な操作)」そのものです。言葉の本質は「配慮」にあります。相手の知りたいことに向き合い、自分の言葉で、率直に語る。党首討論を避け、X(旧Twitter)での一方的な発信に終始する姿勢は、その「伝えるための努力」を放棄した証左ではないでしょうか。
まとめ :「不信」という霧を抜けて
私たちは、「誰が勝つか」というゲームの観客ではありません。 「口からでまかせ」や「実績の接収」といった不誠実な手法を、私たちが「リーダーの資質」として容認するのかどうか。それが問われています。
2月8日。 熱狂という霧を払い、誰が最も「中庸」のバランスを持ち、誰の言葉が最も「誠実な実行」に近いのか。 論語が説く「君子」の姿を胸に、私たちはこの国の「器」を、自分たちの手で選び直さなければなりません。
「参考文書」
高市首相動画、異例の1億再生 SNS「広告」、疑問の声【2026衆院選】:時事ドットコム



