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【前編】「タワマン高騰」「インフラ崩壊」— 「責任ある積極財政」という方便が奪い去る、私たちの生活の余白

 永田町では解散の二文字が躍り、メディアは政局一色に染まっています。しかし、この騒がしさに紛れて、私たちが本来問うべき「最も大切なこと」が、音を立てて崩れ落ちていることに気づいているでしょうか。

 年収の10倍に跳ね上がったマンション、家賃に消える所得の4割、そして修繕すらままならない地方のインフラ。

東京23区の家賃、世帯所得の4割超え マンション高騰波及で家計圧迫 - 日本経済新聞

 政治が耳に心地よい言葉(巧言)を並べ、選挙というお祭りを仕掛けている間にも、私たちの「生活の余白」は着実に奪われ続けています。

今、私たちは政局の勝敗ではなく、この国の「誠実さの欠如」そのものを問い直さなければなりません。

 

 

1. 奪われる「住むための余白」 —— 1馬力では届かない現実

「年収の10倍」に跳ね上がったマンション。これはもはや、単なる物価高の一言で片付けられる問題ではありません。

新築マンション、24都道府県で年収の10倍超に 「1馬力」では買えず - 日本経済新聞

 日本経済新聞の報道によれば、新築マンション価格は24都道府県で年収の10倍を超え、東京23区の家賃は所得の4割を圧迫しています。

 かつて住宅は、家族の「安全な拠点」であり、人生の「ゆとり(余白)」を生む場所でした。しかし、今の日本で住宅は「住む場所」から「金融商品」へと変質してしまいました。所得の4割が家賃に消える生活において、人々に「心の余白」など生まれるはずがありません。

 政府が円安を容認し、低金利を維持し続けた結果、海外の投機資金が日本の不動産を買い漁り、庶民の手には届かない高みへと押し上げました。「物価高から国民を守る」と語りながら、生活の基盤である住居費の高騰を放置し続ける。この**「住宅の金融商品化」という暴力**から目を背けていることこそ、政府の不誠実さの象徴です。

2. 物理的な限界を迎える「インフラという余白」

 生活を支えるのは住宅だけではありません。地方自治体の投資的経費が4年ぶりに7兆円を超えたというニュースの裏にあるのは、建設ラッシュではなく、**「資材高騰という絶望」**です。

資材高騰が自治体の財政直撃、投資的経費4年ぶり7兆円超 24年度 - 日本経済新聞

 根本祐二氏が『インフラ崩壊』で警鐘を鳴らしたように、私たちの足元にある道路や橋、下水道は一斉に老朽化しています。しかし、円安による輸入資材の高騰は、自治体の予算をあっという間に飲み込みました。7兆円投じても、実際に直せるインフラの量は数年前より確実に減っています。

 政治家は「新しい施設」を造ることで票を得ようとしますが、老朽化したインフラをどう畳み、どう守るかという「省インフラ」の議論には向き合おうとしません。「造る力」を失いつつある中で「積極財政」を語る。 これは国民に対する責任放棄であり、物理的な崩壊から目を逸らさせるための「巧言」に過ぎません。

3. 「責任ある積極財政」という名の市場への言い訳

 なぜ、これほどまでに生活が圧迫されているのに、政府は円安を是認し、金利を上げられないのか。そこで持ち出されるのが「責任ある積極財政」という方便です。

 もし単に「積極財政(借金増額)」と言えば、市場は「この国は破綻する」と判断し、金利が跳ね上がります。それを防ぐいために「責任ある」という形容詞を添えて、市場をなだめているだけではないのか。現状のどこに国民への「責任」があるのでしょうか。

 ケネス・ロゴフ氏が『ドル覇権が終わるとき』で示した「金融抑圧」の構図が、今まさに完成しようとしています。政府は金利をインフレ率より低く抑え込み、国民が気づかないうちに預貯金の価値を溶かすことで、1000兆円の巨額債務を実質的に削り取っているのです。

 

 

 論語でまとめ

巧言令色、鮮(すくな)し仁(「学而第一」3)

 言葉巧みに愛想を振りまき、表情をとりつくろって人に媚びるような者には、真の誠実さ、思いやり(仁)は欠けているという孔子の教えです。

 高市首相の言葉と、私たちが直面している「住宅高騰」「インフラ崩壊」という実態を突き合わせれば、その答えは明白です。 「国民に寄り添う」と語りながら、裏では円安とインフレという手口で、国民が一生かけて築いた資産と生活のゆとりを組織的に目減りさせている。これこそが、「仁」誠実さなき政治の正体です。

 解散騒動という「政局」は、この構造的な収奪から私たちの目を逸らさせるための最後の仕上げかもしれません。しかし、私たちはもう騙されません。問い直すべきは、次の勝敗ではなく、私たちの「生活の余白」を奪い去った、この国の誠実さの欠如そのものなのです。

(後編へ続く:【後編】「ゆとり」を失う日本)