高市政権が掲げる経済政策への期待が高まっています。日本経済新聞のアンケートでは、企業経営者の8割が「成長戦略17分野への投資」を優先すべきだと回答しました。
高市政権の「重点17分野投資」、経営者の8割期待 アニメ強み断トツ - 日本経済新聞
しかし、私たちは立ち止まって考える必要があります。その投資は、本当に私たちの未来を豊かにする「種」なのでしょうか。
政府の「17分野」をどう読み解くか
AI、半導体、核融合、宇宙……。並べられた17の重点分野は、一見「成長の約束」に見えます。しかし、もしこれが単なる予算のバラマキであれば、待っているのは「失われた30年」の繰り返しです。既存の利権構造を太らせるだけの「延命措置」に終われば、日本の再編は遠のくばかりです。
「バラバラなビーズ」を一本の糸でつなぐ
いま求められているのは、省庁の壁に守られた「小部屋」を増やすことではありません。第一生命経済研究所の熊野氏が指摘する「横串10項目」のように、機能不全に陥った縦割りの壁(サイロ)を破壊し、社会課題という目的で全産業を貫く「横串(クロスファンクション)」を通すことです。
日本成長戦略を吟味する ~17分野の選定はこれでよいのか?~ | 熊野 英生 | 第一生命経済研究所
「横串10項目」:①企業の輸出振興(特に中小企業)、②農林水産業の輸出拡大、③投資による生産性向上、④省人化、完全自動化、⑤事業承継、M&A、⑥産業再編、⑦移民、外国人労働、⑧高齢者の働き方(社保問題)、⑨デジタルDX、⑩直接投資拡大(企業誘致))(引用:日本成長戦略を吟味する~17分野の選定はこれでよいのか?~第一生命経済研究所)
そもそも成長とは、新しい技術を導入しさえすればよいというものではありません。社会課題の解決という一つの目的に向かって、全産業が横断的に機能し始めること。古い「組織の壁」を壊し、そこに『横串(クロスファンクション)』を通すことのはずです。
横串を通すことは、官僚機構や既得権益という「抵抗勢力」への解体宣言でもあります。彼らの力の源泉である「情報の独占」と「予算の囲い込み」を無効化するからです。
1. 「情報の非対称性」の打破
官僚機構や特定の業界団体は、自分たちにしか分からない専門用語や複雑な手続き(サイロ)の中に情報を閉じ込めることで権力を維持してきました。分野横断的なデータ基盤(デジタル・ツインや共通プラットフォーム)が構築されると、情報の流れが可視化され、一部による独占が不可能になります。捏造や改ざんが困難な、透明性の高い社会OSの構築は、既得権益にとって最大の脅威です。
2. 「予算の聖域」の解体
「17分野」のようなバラマキは、省庁ごとに割り当てられた「縦の財布」の中で行われてきました。「社会課題解決」という成果を評価軸にして、省庁を跨いだ「横の財布」に切り替えれば、中身のないプロジェクトや、天下り先を維持するためだけの予算は真っ先に削ぎ落とされます。
「強いリーダーシップ」の真価は、サイロを壊す『横串』クロスファンクション
高市首相に寄せられる期待の本質は、停滞する日本を強烈な牽引力で再起動させることにあるのではないでしょうか。しかし、その力が、単に既存の官僚機構に「17の分野」への予算バラマキを強化するだけなら、私たちは再び同じ失敗を繰り返すことになりかねません。
積極財政が単なる延命措置に終わるのか、それとも日本再起動のエンジンになるのか。その分水嶺は、リーダーが「既得権益との摩擦」を恐れず、分野を跨ぐクロスファンクションな課題解決に、どれほど冷徹に予算と権限を集中させられるかにあるのではないでしょうか。
「17の看板」を並べるだけでは政治ではありません。それらを「一つの国家意志」で貫き、嘘のない、自律した日本を取り戻すこと。高市首相が挑むべきは、この国の構造そのものを再設計する、最も孤独で過酷な戦いではないでしょうか。
真のリーダーシップとは、既得権益、省庁が守る「サイロ」の壁を打ち破り、社会課題という「横串」を刺し通すことのはずです。 データの捏造に走る原発、不正を繰り返す大企業、そして縦割りに安住する官僚たち。彼らが守ろうとする既得権益に対し、リーダーは「誠実さと自律」の回復を迫らなければならないのです。
私たちの「監視の眼」
同時に、私たち市民も問われています。世界10大リスクで、イアン・ブレマー氏が警告した「情報の武器化」——政治的圧力が事実を塗り替える時代において、私たちはリーダーを盲信するのではなく、厳しく監視する「眼」を持つ必要があります。
権力の暴走や情報の捏造を許さないために、私たちは以下に注意すべきです。
- 「国が推進する」という言葉を「私の生活がどう変わるか」に置き換えてみる。具体性が見えなければ、それは空虚な看板かもしれません。
- 成功ばかりを語り、不都合なデータ(失敗)を隠していないか。
- 本質を語らないプロジェクトは、既得権益を守るための煙幕かもしれません。
論語でまとめ
定公問う、「一言にして以て邦を興(おこ)すべきこと、諸(これ)有りや」。孔子対(こた)えて曰く、「言は以て斯(かく)のごとくなるべからざるも、其(そ)の幾(き)に近きなり。人の言に曰わく、『君たること難く、臣たること易(やす)からず』と。如(も)し君たることの難きを知らば、一言にして邦を興すに近いと言わずや」。曰く、「一言にして以て邦を喪(ほろ)ぼすべきこと、諸(これ)有りや」。孔子対えて曰く、「言は以て斯のごとくなるべからざるも、其の幾に近きなり。人の言に曰わく、『予(われ)の楽しみは、唯(ただ)其の言うことにして、予に違(たが)うもの莫(な)きなり』と。如(も)し其の善にしてこれに違うもの莫くんば、善からずや。如し不善にしてこれに違うもの莫くんば、一言にして邦を喪ぼすに近いと言わずや」。(「子路第十三」15)
魯の君主 定公が「一言で国の隆盛させるような言葉はありますか?」と問いました。孔子は「言葉にはそこまでの即効性はありませんが、それに近いものはあります。昔の人の言葉に『君主であることは難しく、臣下であることは容易ではない』とあります。もし君主がその職責の重さを本当に理解したなら、その一言こそが国を興すきっかけになるのではないでしょうか」 。定公が「では、一言で国を滅ぼすような言葉はありますか?」と問いました。「言葉にそこまでの力はありませんが、それに近いものはあります。ある人が『私の楽しみは、何を言っても誰も逆らわないことだ』と言ったそうです。もしその発言が正論であれば、反対者がいないのは良いことです。しかし、もしそれが間違った内容なのに誰も逆らわないのだとしたら、そのおべっかばかりが通る状況こそが、一言で国を滅ぼすことに繋がるのではないでしょうか」と孔子は言いました。
耳の痛い意見を遠ざけ、自分の思い通りになることを「楽しみ」と感じ始めたときが国、組織の崩壊の始まりである、という現代のリーダーシップにも通じる教えです。
一方で、自分に都合の良い『事実』だけをAIやSNSで増幅し、国民に信じ込ませる。そんなことが、当たり前に行われているのが現代の政治ではないでしょうか。それがいま最も警戒すべき『情報の武器化』の正体です。
最新の17分野への投資を称賛する日経新聞の裏で、私たちは孔子が恐れた『崩壊の足音』を聴き取らなければなりません。メディアの報道も、古典の知恵を借りれば、違った景色が見えてきます。



