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【M&A論考】「両手取引」モデルが招く中小企業の危機~日本M&Aセンター不祥事の禍根

 前回の連載では、船井電機の破綻が、杜撰なDD(デューデリジェンス)と簿外債務によって、救済したはずの買収元(秀和システム)まで巻き込む「連鎖破綻」に発展した経緯を分析しました。

【M&A論考】失敗の縮図だった船井電機を振り返る~破綻とその顛末 - 「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

 では、なぜM&Aの現場で、企業を破滅に導くようなリスクの見落としや拙速な契約が繰り返されるのでしょうか。その背景には、国が「事業承継の切り札」としてM&Aを推進し、その急拡大する市場で、手数料を最優先する仲介業の存在があります。それは「構造的な欠陥」といってもいいのではないでしょうか。

 本記事では、M&A仲介最大手であった日本M&Aセンターの不適切会計問題とその後の教訓を掘り下げ、**「両手取引(双方代理)」**と呼ばれるビジネスモデルが、いかに中小企業の利益を脅かす構造的リスクとなっているのかを明らかにします。

 

 

🚨 日本M&Aセンターの不祥事と「業績至上主義」

 2021年に発覚した日本M&Aセンターの不適切会計問題は、M&A仲介業界の「ガバナンス不全」を象徴する出来事でした。

1. 不適切会計の背景にある「成功報酬」の圧力

 問題の核心は、M&Aが最終成立(クロージング)する前に、翌期に計上すべき手数料収益を当期に前倒し計上していたことにあります。

 M&A仲介業では、収益の大部分を**「成功報酬」が占めます。この成功報酬の獲得に向けた過度な業績目標と、それを達成するためのトップダウンの圧力**が、現場のコンプライアンス意識を麻痺させ、会計ルールを軽視させた結果です。

 M&A仲介ビジネスは、手数料が高額ゆえに、**「早期の案件成立」と「収益の早期確定」**というインセンティブが極めて強く働く構造になっており、これが経営判断を歪める温床となりやすいといわれます。

2. ガバナンス不全と、その後の対応

 不祥事発覚後、同社は経営陣の刷新や内部統制の強化を図りましたが、この問題はM&A仲介業界全体に対し、**「手数料の透明性と会計処理の厳格化」**という大きな課題を突きつけました。

⚖️ 「両手取引」モデルの構造的欠陥と中小企業への被害

 不適切会計問題とは別に、M&A仲介業における最も根深い構造的欠陥が、**「両手取引(双方代理)」**モデルです。

1. 利益相反を内包するビジネスモデル

 M&A仲介業者の多くは、売り手(事業承継したい中小企業)と買い手の両方から手数料(成功報酬)を受け取る両手取引を採用しています。

  • 本来の義務: 仲介業者は、売り手と買い手、それぞれの利益を最大限に図る**「忠実義務」を負うべきですが、両手取引では利益が相反**します。
  • 仲介業者のホンネ: 仲介業者にとって最も優先されるのは、**「早く、確実に、両方から手数料を得て案件を成立させること」**です。
2. 「早期成立」がもたらす中小企業への被害

 この両手取引モデルが、「早期成立」を優先するあまり、売り手の中小企業に以下のような被害をもたらすリスクが指摘されています。

  • 売却価格の切り下げ誘導: 買い手の希望価格に近づけるため、売り手に対して**「これ以上の条件は出ない」**と売却価格の引き下げを強く誘導し、売却益の最大化が図られない。
  • 杜撰な情報開示: 契約成立を優先し、売り手が抱える簿外債務リスクや隠れた課題について、買い手への情報開示が不十分となる。これは、第1回で見た船井電機のDD失敗の遠因となります。

🧛 「吸血型M&A」を生む構造と仲介業者の責任の境界

 両手取引による「早期成立インセンティブ」は、取引後の**「吸血型M&A」**と呼ばれるトラブルを間接的に引き起こす構造にも繋がります。

1. 吸血型M&Aのメカニズム

「吸血型M&A」とは、買収者が買収後、買収対象企業から現金や優良資産(不動産など)を急速に吸い上げ、その資金を買収資金の借入返済などに充てることで、結果的に事業を立ち行かなくさせる行為を指します。

  • 現預金狙いの買収: 前回の船井電機の議論にも通じますが、買収対象企業が事業価値に比して過剰な現預金を持っている場合、買収者はその現金を自社の借入返済や別の事業に充てることを最初から目的とすることがあります。
2. 日本M&Aセンターと「吸血型」トラブルの関連性

 日本M&Aセンター自体が直接「吸血型」を推奨していたわけではありませんが、同社が仲介した案件で、取引後のトラブルや買収企業の急激な資産売却が問題視された事例が報じられました。

  • 仲介業者の責任の境界: M&A仲介業者の役割は、**「取引を成立させるまで」で終わることが多いため、「取引後のPMI(統合プロセス)や、買収者がその企業資産をどう使うか」**という点までは責任を負いません。
  • 構造的な批判: しかし、両手取引モデルにより「早期成立」を優先するあまり、買収後のリスクを十分に検討せずに取引が成立した場合、その結果として「吸血型」と批判される事態を招きやすくなります。
3. 被害を防ぐための教訓

「吸血型M&A」を防ぐには、仲介業者に頼るだけでなく、売り手(中小企業)側が自ら賢くなることが不可欠です。

  • 取引条件の明確化: 売買契約書において、買収後の一定期間、事業に必要な資産(不動産や主要な設備)の売却を制限する条項(コベナンツ)を盛り込むなど、防衛策を講じる必要があります。
  • 売却理由の明確化: 経営者は、「自社の現金を、買収者が何に使うのか」を深く問い、買収者の真の目的を理解しなければなりません。

 これらの事例は、M&Aが**「取引の成立」で終わるのではなく、「取引後のガバナンス」と「事業の継続性」**までを視野に入れた戦略的な判断が求められることを示しています。

🛡️ 国が動いた規制強化と今後の課題

 仲介業者の不祥事や高額手数料問題が社会問題化したことを受け、国も規制に乗り出しました。

1. 経産省M&Aガイドライン」の役割

 経済産業省は、2021年に**「中小M&Aガイドライン」**を策定し、仲介業者に対して以下の義務を課しました。

  • 透明性の確保: 手数料体系(特に中間金や着手金)の明確な説明義務。
  • 契約解除の制限: 売り手に不当な契約解除の制限を設けないこと。
  • 利益相反の開示: 両手取引の仕組みを依頼者に明確に説明し、利益相反の可能性について理解を得ること。

 このガイドラインの遵守は、M&A支援機関の登録要件となっており、業界の倫理観を向上させる大きな一歩となりました。

2. 依然として残る「禍根」

 ガイドラインが策定されても、両手取引モデル自体は容認されているため、「早期成立」を優先する仲介業者のインセンティブ構造は根本的には変わっていません。

 中小企業の経営者は、仲介業者を選ぶ際に、単に実績だけでなく、**「その業者が本当に自社の利益を最大化してくれるのか」**という倫理観と構造を深く見極める必要があります。

 

 

💡 仲介業者のホンネを見抜くために

 第1回で見た船井電機の事例は、M&Aの失敗が、企業の内側(ガバナンス)だけでなく、外側(仲介業者)の構造的欠陥によっても増幅されることを示しています。

 M&Aを検討する際は、仲介業者に全てを任せるのではなく、自社の価値を客観的に評価し、複数の専門家(FAや弁護士)から意見を聞く**「セカンドオピニオン」**の体制を必ず整えることが、不当な価格や拙速な契約を避けるための最大の防御策となります。

論語でまとめ

利に放(よ)りて行えば、怨(うら)み多し。(「里仁第四」12)

 利益を中心に考えて行動すると、人から恨みを買うことが多くなるものだと孔子は言いました。 

 利益や打算を優先して行動することへの戒めです。 人は皆、自分の利益を追求する傾向がありますが、それがあからさま過ぎたり、他人の利益を顧みなかったりすると、必ず反発や恨みを生むことになります。 孔子は、目先の利益に囚われるのではなく、人としての正しい道(徳や仁)に基づいた行動こそが、最終的に人々の信頼や共感を得る道であるといいます。能力だけでなく、周囲からの信頼を得るための人徳の重要性を説きます。遠回りに見えますが、この孔子の教えが利益を得る最善の道なのかもしれません。恨みもなく、ウィンウィンによる利益創出につながるということでしょうか。

 次回は、視点を転じ、東証改革による淘汰の圧力という新たな潮流の中で、M&Aが地方創生や事業承継にどのように貢献しうるのか、その**「光」と「課題」**について深掘りしていきます。