資生堂が、過去最大の520億円赤字見込みを発表しました。黒字予想からの大転落は、単なる経営失敗ではなく、「日本の強み」の崩壊を象徴しているかのようです。
決算:資生堂が過去最大赤字520億円、25年12月期最終 新たに200人削減 - 日本経済新聞
赤字の主因は、成長を期待しM&Aで手にした米スキンケアブランド「ドランク・エレファント」の巨額減損損失。なぜ、高い技術と美意識を持つ資生堂が、買収したブランドを守れなかったのか?これは、日本のM&A、ひいては日本のグローバル戦略全体に共通する構造的な病理なのかもしれません。
失敗の病理:「適応戦略」の欠如と「利他」の喪失 📉
資生堂の失敗を、ティム・ハーフォード氏が指摘する「適応戦略」と、山口周氏が説く「日本的美徳」の両面で分析してみましょう。
1. 【適応戦略の失敗】―M&Aという「行動」はしたが、市場の変化やブランド統合の「失敗」を迅速に認められなかった。
2. 【ブランドの「魂」を潰したM&A(利他の精神の喪失)】― M&Aが「合理性・効率性」(資本の論理)に偏り、買収したブランドが持つ「誠実さ」や「美意識」を尊重し、育てる「実行力」が欠如した。
結果として、ブランドの創造性や文化が損なわれ、顧客への誠実な価値提供が停止。これがブランド価値の毀損という形で巨額な赤字に直結したのではないでしょうか。
逆転の構図:なぜ海外PEファンドは成功するのか? 🚀
日本企業の海外でのM&A企業買収と同様に、海外ファンドが日本企業をM&Aしています。資生堂が失敗した「実行力の壁」を、海外PEファンドはどのようにして突破し、買収後の日本企業を再生させているのか?
その成功要因は、「冷徹な合理性」と「隠された美徳の解放」という二重構造にあるようです。
「プライベートエクイティに買収されるメリット」をIPOを果たしたCEOが語る | クーリエ・ジャポン
海外ファンドによるM&Aは、しばしば「ハゲタカ」と批判されますが、再上場を果たした企業の元CEOは、これを「命を救う手術」と表現します。
1. 【強制的な「適応戦略」の実行】
ファンドは期限付きの成果を求め、不採算事業や非中核事業から躊躇なく撤退(損切り・適応)させる。これは、ハーフォード氏の説く「リソースを最も価値を生むコア事業に集中させる」という適応戦略の強制的な導入です。硬直した日本企業の意思決定プロセスを簡素化し、「行動→修正」のサイクルを数倍に加速させます。
2. 【日本的美徳の解放と再生】
ファンドは、買収企業が持つ「高い技術力、現場の誠実さ、顧客へのコミットメント」といった日本的美徳を、コストカットで圧殺するのではなく、むしろコア競争力として再定義します。外部の合理的な視点から「この企業が真に社会に提供すべき価値」を再定義し、社員の「利他の精神」を経営目標と一致させ、内的な実行力を回復させます。
ファンドは、合理性のメスで組織の病巣を取り除いた後、「日本企業が元々持っていた誠実さや技術力」という美徳を、新しい経営戦略の核として再定義し、再生させていきます。
資生堂の失敗を個人の成長に活かす
資生堂の失敗は、「ビジョンと合理性だけでは、もはや生き残れない」という、AI時代を生きる私たち全員への痛烈な警告のようです。
このAI時代において、あなたの仕事の強みは「合理的効率性」なのか、それとも「人間的な美徳と創造性」なのか?
資生堂のように、曖昧な美意識と硬直した実行力では、市場から容赦なく価値を削られていきそうです。自ら「適応戦略」を導入する必要がありそうです。
【個人の実行力=適応力】:自分のキャリアやスキルセットにおいて、「小さな実験と迅速な修正」を繰り返す。
【仕事の倫理観】:AIに代替されない「利他性に基づく誠実な価値提供」こそを、あなたの仕事の核に据える。
利益至上主義に走り、本来の「美意識」や「誠実さ」を埋没させてはならないということではないでしょうか。
論語でまとめ
君子は人の美を成す、人の悪しきを成さず。小人は是に反す。(「顔淵第十二」16)
君子は、他人の美点や長所を見つけて、それを伸ばし、大成するように助ける。しかし、他人の短所や欠点は、わざわざ取り上げて広めたりしない。小人は、これとは反対のことをする。他人の欠点ばかりを取り上げて、長所は無視すると孔子は言いました。
批判的な思考で物事をみて、改善を進めることはやらなければならないことです。しかし、それにとどまってはならないということなのでしょう。そこで知り得たその人の美徳や強みを認め、褒め、さらにそれを高められるようにすべきなのでしょう。それは個人において、そして、仕事においても同じことなのでしょう。
(今日の中国の歌ではなく、日本語の歌。中西保志「最後の雨」。マレーシアジョホールバルに出張していた時に、シンガポールの駐在員に呼び出され、シンガポールの仕事を手伝うよう依頼され、わざわざジョホールバルからシンガポールへ一時通っていました。これがその後の自分の仕事人生において大きな転機となりました。その後、出張での対応でしたがしばらくシンガポールをベースに活動するようになり、それがマレーシア駐在につながりました。人の人生も何がきっかけで変わるか、わかりません。あの日、シンガポールの駐在員が呼んでくれなかったらどんな人生だったのかと思ったりします。そんなとき、連れっていってもらった初めてのシンガポールのカラオケ。そこでシンガポール人がこの歌を上手に歌う姿に驚いたものです。)
「参考文書」
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