「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

「エベレスト・ママさん」田部井さんが現代に語りかてくれるもの~ 映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』が公開

 登山家の田部井淳子さんが世界最高峰エベレストに女性で初めての登頂に成功してから50年になります。それに合わせて映画「てっぺんの向こうにあなたがいる」が公開になりました。

『てっぺんの向こうにあなたがいる』(日本)【今月の映画】:時事ドットコム

 私も高校時代は山岳部に所属し、日本の山々を歩いていました。田部井さんの著作「エベレスト・ママさん 山登り半生記』(現在の文庫版は『タベイさん、頂上だよ ~田部井淳子の山登り半生記』)に出会ったのもそのころです。まだアルピニズムの名残もあり、その活躍に心を踊らさせたものです。

 映画公開の時期でもあります。田部井さんはどんなメッセージを遺してくれていたのか。振り返ってみましょう。

 

 

現代の「登山ブーム」の「趣」とは異なる「アルピニズム」

 田部井さんが活躍されていたころの登山はアルピニズム全盛期(困難な未踏ルートへの挑戦)。現代の登山ブームとは、明確な違いが見られます。アルピニズムといえば、未踏峰・難壁の初登攀、極限への挑戦、技術の追求などを目標としていました。装備品も今ほどに発達はしていなくて、装備は重く、高価でした。情報は限られているにもかかわらず綿密に計画することが求められていました。反面、難ルートの初登攀に成功すればニュースとなって、社会的には「偉業」と称えられたものです。

 田部井さんが活躍した同じ時期に、同じく女性登山家として今井通子さんがいました(小説「銀嶺の人」のモデルになった人です)。今井さんは、ヨーロッパアルプス三大北壁の女性世界初完登という偉業を成し遂げ、その名を知られるようになりました。「ヨーロッパアルプス三大北壁」とは、マッターホルン、アイガー、グランド・ジョラスの北側の壁のことで、難易度が高いとされています。今井さんは、東京女子医科大学の医師として活動を続けながら登山を続けていました。小説「銀嶺の人」は実話をもとに、過酷な登攀シーンが描かれ、「なぜ山に登るのか」という問いに対し、命を賭けるほどに山に魅了された女性たちの清々しい生き様を描いています。

エベレストママさん

 田部井さんの最初の著作である『エベレスト・ママさん 山登り半生記』は、一人の主婦でありながら世界最高峰に挑んだ田部井さんの、並外れた決意と努力の記録です。

 田部井さんが山に魅了されたきっかけや、昭和女子大学を卒業後、社会人山岳会で本格的に登山に打ち込んだ青春時代が描かれています。その後も登山を趣味として続ける中で結婚し、母親になった後の生活が綴られます。当時の「男は仕事、女は家庭」という価値観の中で、家庭と登山を両立させようとする一人の女性の苦悩や工夫が語られています。

 田部井さんは、「女性だけで海外遠征を」を合言葉に、1969年に「女子登攀クラブ」を設立します。世間の偏見や困難に直面しながらも、目標に向かって進む女性たちの強い意志が描かれています。エベレストへ向けての準備に4年を費やし、その壮絶な裏側が詳細に語られています。また、登頂アタック中に大規模な雪崩に遭遇し、テントごと埋められるという九死に一生を得る体験をします。極限状態の中で、それでも登頂続行を決意するまでの緊迫した状況が描かれています。

「世界初の偉業達成」1975年5月16日、女性として世界で初めてエベレストの頂上に立ちます。その瞬間の素直で飾らない感動と、下山までの厳しい道のりも綴られています。

 この本は、単なる登山記録にとどまらず、「やりたいことを実現するために、意志を持ち、一歩一歩努力し続ければ、どんな困難も乗り越えられる」という、田部井さんの強い信念とポジティブな生き方を伝える半生記となっています。

 

 

「レジャー」や「趣味」、自然との触れ合い、リフレッシュ、健康増進、SNS映え(達成感の共有)などを目的とする現代の登山ブームとはちょっと趣が異なっていますね。今では軽量で高機能なウェアなど装備も断然に発達し、GPSやアプリで情報が容易に入手できるようになりました。GPSがあれば地図を読む知識ももはや不要なのかもしれません。しかし、手軽さゆえの軽装・無計画による遭難リスクも増加しているといわれています。

(高校3年生最後の春休みの山行:八ヶ岳縦走 天狗岳からの下山だったかな)

2人の女性登山家が現代日本に残されたメッセージ

「女性の自立と社会進出」への勇気

 二人が活躍した時代(1960年代後半〜70年代)は、まだ女性が社会でリーダーシップを発揮することや、極限的な分野に挑戦することが一般的ではありませんでした。「女性には無理」という社会の偏見に対し、田部井さんは「女子登攀クラブ」を設立し、エベレストへ挑戦します。今井さんも女性だけのパーティーによる世界初の三大北壁完登を通じて、能力に性別は関係ないことを証明しました。その後、今井さんはダウラギリII・III・V峰の縦走登山隊長を務め、7,500m以上の三山登頂を世界で初めて成功させました。1979年のことです。この登山隊には男性16人も含まれていました。「自分の情熱と実力があれば、どんな分野でもトップを目指せる」という自立と挑戦の精神をうかがえます。

「専門性と情熱」の両立

 二人は登山という情熱を追求しながら、それぞれ医師や主婦・母親という役割も全うしました。今井さんは 医師としての専門知識と登山家としての技術を融合させ、登山隊の隊医としても活躍しました。田部井さんは 「エベレスト・ママさん」と呼ばれたように、家事や育児と両立しながら世界最高峰を目指しました。「好きなことや情熱を注げることは、仕事や家庭と切り離さなくても両立できる。むしろ複数の役割を持つことが、人生の厚みになる」という、多様な生き方はできるというメッセージを現代に送ってくれているようです。

諦めない継続力と一歩の積み重ね

 特に田部井さんは、エベレストでの雪崩による九死に一生の体験を経ても、登頂を諦めませんでした。「エベレスト・ママさん」によれば、雪崩によって登山道具は流され、隊員の中には負傷者も出るなど、隊は壊滅的な被害だったといいます。誰もが「もう下山するしかない」と考えるほどの状況だったそうです。 田部井さんは雪崩によって怪我を負いながらも、「何としても登頂を成功させる」という強い意志を曲げませんでした。彼女は副隊長兼登攀隊長として、隊員たちを鼓舞し、残された道具で隊の立て直しを主張します。その結果、隊は困難な状況にもかかわらず、登頂計画の続行を決定しました。この壮絶な雪崩からの生還と、その後の揺るぎない登頂への意志が、彼女を女性として世界初のエベレスト登頂へと導く大きな原動力となったといいます。

 登山では、高山病、雪崩、天候急変など、常に命の危険と直面します。彼女たちは、それらの困難に対して冷静な判断力と、「一歩一歩を確かめるように足を動かし」続ける地道な努力で立ち向かいました。人生や仕事で大きな壁にぶつかったとき、「困難な時こそ笑い、焦らず、昨日より一歩でも前に進む」という、極めてシンプルで力強い継続の哲学を教えてくれているようです。

(画像:西村書店

環境保護と次世代への責任

 晩年の田部井さんは、地球温暖化による氷河の後退にショックを受け、山の環境問題や東日本大震災の被災地支援など、社会貢献活動に情熱を注ぎます。登頂という「点」の目標から、環境保護や教育という「面」の活動へと視点を広げていきました。「自然から恩恵を受けた者は、その自然を守り、次の世代に繋ぐ責任がある」という、利己的な目標を超えた、広い視野と社会への貢献意識の重要性を訴えかけています。

 彼女たちの活躍は、単なるスポーツの記録ではなく、「どう生きるべきか」「困難にどう立ち向かうべきか」という普遍的なテーマに対する、行動を通じて示された回答だといえそうです。

 二人の女性登山家の功績を振り返り、現代社会の課題と照らし合わせると、彼女らが何かを語りかけているようにも感じます。

 映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』が繋ぐもの

この映画は、単なる登山映画ではなく、「諦めずに一歩一歩前に進むこと」の大切さ、そして「生きる力」を描いた感動的なヒューマンドラマだといいます。エベレスト登頂だけでなく、晩年の「病との闘い」や「家族との絆」に焦点を当てているそうです。

 

youtu.be

「挑戦と生きる力」、これがあればどんな「人生の壁」でも乗り越えていくことができるということでしょうか。

論語でまとめ

之を知る者は、之を好む者に如(し)かず。之を好む者は、之を楽しむ者に如かず。 (「雍也(ようや)第六」20)

 物事を理解し、知っているだけの人は、それを好んで取り組んでいる人には及ばない。それを好んで取り組んでいる人は、心から楽しんでいる人には及ばないものと孔子は言いました。 

 この孔子の言葉は、何事においても、単に知識として知っている段階よりも、興味を持って好んでいる段階、そして最終的に心から楽しんでいる段階が最も優れている、という学習や仕事に対する心構えの重要性を示しています。 

知る:知識として理解しているだけの段階。
好む:興味や関心を持って、積極的に取り組んでいる段階。
楽しむ:物事そのものに喜びを見出し、夢中になっている段階。

 田部井さんも今井さんもこの「楽しむ」と到達した人なのでしょうね。

 2人の功績を振り返ると、「現代の登山ブームの中で、私たちは何を忘れてはいけないのか」という問いかけられているように感じます。

 


www.youtube.com

(今日の中国の歌でなく、日本語の歌。風の「あいつ」です。山のことを書いていたら、この歌を思い出しました。高校時代、山に登っては山岳部の仲間とこの歌をよく歌っていました。)

 

「参考文書」

エベレストから自然保護、そして次世代育成へ。田部井淳子が残したもの - 山と溪谷オンライン

登山装備のリアリティに注目! 50年前のギアを忠実に再現した映画「てっぺんの向こうにあなたがいる」 - 山と溪谷オンライン

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