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未来はすべて次なる世代のためにある

メディアも問い直された「石破所感」:戦後80年、ポピュリズムとどう向き合うか

 退任前の石破首相が、内閣総理大臣所感「 戦後80年に寄せて」を発表し、記者会見で、記者との質疑に応じていました。

令和7年10月10日 石破内閣総理大臣記者会見 | 総理の演説・記者会見など | 首相官邸ホームページ

 国内外から賛否両論、様々な評価が出ています。中国外交部は、「注視している」とコメント。過去の植民地支配や侵略に直接言及がなかった点に関して目立った非難はしなかったようです。韓国メディアからは、「退任を控えた首相が歴史問題について個人的な考えを示したのは異例」として、比較的に肯定的な評価をする報道もあったようです。

 

 

 世界のあちらこちらで紛争が続き、地政学リスクが高まっているからでしょうか、心に響くようなものもありました。

「無責任なポピュリズム」に警鐘

「なぜあの戦争を避けることができなかったのか」という問いを提起し、過去を直視する姿勢を強調していました。当時の大日本帝国憲法、政府、議会、メディアなどの制度・機能不全を指摘。国際情勢・軍事情勢について、十分な情報収集・分析・共有ができていなかった問題をあげ、合理的な判断よりも精神的・情緒的な判断が重視された歴史を繰り返してはならないと語っていました。政府が軍部に対する統制を失ったことが開戦に至った主な要因の一つであるとし、文民統制(シビリアン・コントロール)の重要性も説いています。

 

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 政治家には実力組織である自衛隊を使いこなす能力と見識が求められ、無責任なポピュリズムに走ってはならないとしています。「偏狭なナショナリズム、差別や排外主義を許してはならない」と訴え、常に歴史の前に謙虚であるべきだといいます。国民とともに教訓を踏まえ、二度と惨禍を繰り返さないよう努力する決意を示していました。

 

 

 記者との質疑においては、挙手した全員の質問に答え、近年なかった記者会見になったようです。質疑応答では、所感の内容を補足し、現代の課題と歴史認識に関する首相の考えをより具体的に示していました。

石破首相に単独取材 戦後80年所感の発表は「総理としての使命感」近現代史を学ぶことが戦争抑止に繋がるとの見方も

 戦争の記憶を持つ人が年々少なくなっている今だからこそ、国民一人ひとりが先の戦争や平和のあり方について能動的・積極的に考え、将来に生かしていくことが重要だと訴え、田中角栄元首相の言葉を引用し、「あの戦争に行ったやつがこの国の中心にいる間は日本は大丈夫だ。しかし、そういう人たちがいなくなった時が怖い」として、若い世代への戦争の記憶の継承の必要性を強調していました。

メディアの責任

 先の大戦に至る過程におけるメディアの責任についても言及し、その教訓を強調していました。また、現代のメディアのあり方についても触れ、警鐘を鳴らしています。

 1920年代、ジャーナリスト時代の石橋湛山が植民地放棄を論じるなど、メディアは対外膨張に批判的であった時期があったと評価。しかし、満州事変が起こった頃から、メディアの論調が積極的な戦争支持へと変わっていったと指摘しています。言論統制の強化により、政策への批判が封じられ、戦争を積極的に支持する論調のみが国民に伝えられるようになり、その結果、メディアが世論をあおり、国民を無謀な戦争に誘導する結果となったといいます。戦前の日本が戦争へと突き進んでいった要因の一つにメディアの問題をあげ、軽視してはならないと指摘していました。

 戦争に至る過程で、合理的な判断を欠き、精神的・情緒的な判断が重視されたと指摘。メディアの論調の変化が、この情緒的な雰囲気を助長したと考えられるとしています。

 首相は、「無責任なポピュリズムに屈しない、大勢に流されない政治家としての矜持と責任感を持たなければならない」とも強調しており、メディアがポピュリズムを助長することへの警戒も示唆しました。過去の反省を踏まえ、使命感を持ったジャーナリズムをまっとうし、国民一人一人が平和について能動的に考えるための批判精神と多角的な情報提供を担う重要性をメディアに訴えていました。

「公権力の長に、ここまではっきりとメディアの戦争責任を指摘され、あるべきジャーナリズム像を語られることは、むずがゆい気持ちにならざるを得ない」との反応も会見後にあったようです。これは、首相がメディアに対し、市民のために批判精神を持ったジャーナリズムの役割を果たすよう求めていることの裏返しとも言えそうです。

歴史から学ぶ姿勢 ~戦争の記憶の継承と風化への危機感 

 石破首相は、「学び」の重要性についても強く訴えていました。これは、過去の教訓を未来に生かし、平和国家としての礎を強化するための国民一人ひとりの責務として位置づけていたようです。

我々は常に歴史の前に謙虚であるべきであり、教訓を深く胸に刻まなければなりません」と述べ、過去を直視する勇気と誠実さを持った本来のリベラリズム自由主義)と健全な民主主義が大切であると強調します。戦争の記憶を持つ人が年々少なくなり、記憶の風化が危ぶまれている現状に強い危機感を示しました。「戦争の記憶を持っている人々の数が年々少なくなっている今だからこそ、国民一人一人が先の対戦や平和のありようについて能動的・積極的に考えて、将来に生かしていくこと」で、平和国家としての礎が一層強化されると信じると語りました。田中角栄元首相の言葉の引用し、戦争を知る人がいるうちに今こそ学ばねばならないという重要性を訴えました。

「あの戦争に行ったやつがこの国の中心にいる間は日本は大丈夫だ。しかし、そういう人たちがいなくなった時が怖い」

「国民の皆様とともにそういうことを学ぶということは政治家の責務だ」とも強調し、自らが率先して学ぶ姿勢を示していました。首相自身も全国を回り、その地が受けた戦争被害を調べて話をするなど、学習を重ねてきたと語っています。また、歴史の授業が明治維新日露戦争のあたりで終わってしまう傾向があることに触れ、若い世代が近現代史を学ぶことの重要性を強調しました。特に、地域に根差した近現代史を学ぶことが戦争抑止に繋がるという見方を示しています。

(石破首相は自身で読まれた本の作家について言及していました。この本かなと思われるものを貼付しています。)

紅白歌合戦でサザンが歌った「ピースとハイライト」の歌詞の意味は? | ハフポスト NEWS

...... 教科書は現代史をやる前に時間切れ そこがいちばん知りたいのに、なんでそうちゃうの?....... (引用:「ピースとハイライト」サザンオールスターズ

「わたしたちが忘れても、相手国は忘れない」

 かつてシンガポールを訪問した際、歴史の教科書程度の知識しか持ち合わせておらず、「あなたは日本の政治家としてそんな程度の認識なのですか」と知識不足を指摘され、深く反省した経験が自身の原点にあると明かし、国際的な視点での学習の必要性も示唆しました(首相も私と同じような経験をシンガポールでしていたとは....... ただ私の場合はタクシーの運ちゃんでしたが。「君たちのおじいさんがこの国で何をしたか知っているのか」、黙っていると「セントーサ島にある戦争博物館を見にいきなさい」といわれ、実際に見に行きました。知らないことがあることに気づき、相手の国にも真実があると知りました)。

 これは、単に「歴史を反省する」に留まらず、「歴史から能動的に学び、その教訓を未来の平和に生かすこと」を、首相自身の責務であり、国民一人ひとりに託された課題であると明確に示したようです。

論語でまとめ

由(ゆう)よ、女(なんじ)にこれを知ることを教えんか。知るを知ると為(な)し、知らざるを知らずと為す。是(これ)知るなり。 (「為政第二」17)

弟子の子路(しろ)に対して、「知る」とはどういうことか教えた言葉です。知っていることは、知っていると認めなさい。知らないことは、知らないと認めなさい。この自覚こそが、本当の意味で「知る」ことなのだ、と孔子はいいました。

 知らないことを素直に認め、これから学ぶ姿勢を持つことが、真の知のあり方だといっているようです。また、自分の強みと弱みを明確にすることが、才能を伸ばし、短所を克服するきっかけにもつながるといいたかったのでしょうか。

 今回、石破首相は所感という形態で発表しましたが、保守派に配慮することなく、元首相の70年談話を上書きしてもよかったのではないかと思ったりします。10年という時間が経過して明らかになったこともあるのでしょうから。

石破首相、退任前に執念 保守派に配慮「謝罪」なし―戦後80年所感:時事ドットコム

 歴史的事実も時間が経過すれば、変わることもあります(歴史修正主義ではありません)。新たな古文書が発見されることもあり、新たな解釈が加わったり、また、過去の解釈をさらに進化させるケースもあります。歴史は常に上書きされていくものなのでしょう。ここにも学び続ける意味はありそうです。

 いずれにせよ、この所感がこれから続く為政者たち、日本の長たちに引き継がれていくべきではないでしょうか。もう二度と過ちをおかさないためにも。

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石破首相の所感で気になったところを付しておきます。

 総理、日本テレビの平本です。
 今回の所感の中ではメディアについても触れられています。今日の教訓というところでも触れられていて、過度な商業主義に陥ってはならず、偏狭なナショナリズムを許してはならないとあります。ただ、一方で、今質問でも出ていますように、海外に目を向けても分断と対立が進み、日本の中でも昨今の国政選挙を見ると、偏狭なナショナリズムが助長されているといった指摘もあります。そういった日本の状況も踏まえた中で、今の日本のメディアに対して、総理自身がどういった問題意識、課題感を持っているのか、未来に向けた健全な強靭な民主主義が大切という中で、日本のメディアに求められるものは何と考えられるのか、この所感を書くに当たって総理が考えたことを教えてください。

(石破総理)
 メディアの方を前に口幅ったいことを申し上げるとお叱りを受けるかもしれませんが、やはりメディアというのは社会の公器であると。公の器であるということは、認識し過ぎてもし過ぎることはないというふうに思っております。それが電波であっても、あるいは紙媒体であっても、そのメディアというものは社会の公のものであって私的なものではないということが一つあると思っております。
 また、社会の木鐸(たく)とか言うと、何それみたいなことを言われますが、若い人に木鐸というとそれ何と言われちゃうのでありますが、やはりそういうのは、過去も未来も変わるものではないと思っております。
 所感の中にも書きましたが、売れればいいというものではないだろうということ。それは、商業ジャーナリズムの方々も大勢いらっしゃいますし、スポンサーもおられるわけでありますが、でも、それが公器であり木鐸と言われるゆえんは、単なるジャーナリズム、売れればいいということではないのだという矜持(きょうじ)をメディアの方々がお持ちいただくということだと思っていますし、私は、メディアと権力が一体化するのが一番怖いのだと思っております。そうしますと、誰も批判をしなくなってしまうということですし、これはもう我々も心しなければなりませんし、メディアの皆様方にも心していただかねばならない。
 それは、我々も特別職ではございますが公務員でございますので、公のために働くということであります。社会の公器の一員であられる皆様方も公のためにいうことであって、口幅ったいことを申し上げて恐縮ですが、そういう思いをいかに共有するかということであり、それが、共に、何というのでしょうね、一体化するということによって、この国は一回道を誤っていませんかということでございます。
 それを可能とするような言論統制というものがあったのがかつての歴史であり、そういうことは何があっても繰り返してはならない。ただ、SNSという新しいメディアが出てきているときに、これにどう対応するかということは、今後本当に、私は結論を申し上げるつもりは全くございませんが、それによって社会が大きく左右されるということについて、これをどう考えるかは、言論の自由表現の自由との関係もよく考えながら、早急に諸外国の例も見ながら答えが出されるということが、今後期待されるというふうに考えておるところでございます。

香港フェニックステレビのリと申します。
 総理、先ほど、今回のこの書簡の中に、歴代内閣の歴史認識を継承していくと、引き継ぐというふうに述べられました。外国では、日本の歴史認識に注目しています。今年80周年ということもあり、総理としては、この過去の戦争を侵略戦争と見ているのか、そして、謝罪についてですが、2015年の安倍談話では、次の日本のこどもたちに謝罪を続ける宿命を負わせてはなりませんといったような表現がありました。石破総理は、この点について、謝罪の在り方についてどのように見ていらっしゃるのか、御見解をお聞かせください。

(石破総理)
 それは、先の大戦、これは太平洋戦争という言い方は、戦後、連合国、特にアメリカによってつけられたネーミングでございます。大東亜戦争という言葉は、かなり、一種の価値観を持って受け止められる危険性というか可能性がございますので、先の大戦という言い方をいたしますが、それは、日本と中国との争い、そして、12月8日、昭和16年から始まります対米、対英の戦争、それぞれいろいろと対応、性格が異なっているという指摘がございます。しかしながら、過去、私どもの政府におきまして、侵略ではないというようなことを申し上げたことはございません。それは同じ立場に私自身立つものでございます。そこはきちんと認識をしなければいかんだろうと。
 そしてまた、70年談話において次の世代に引き継ぐかどうかというお話がございました。実際にその当事者ではないわけでございますから、それは実際にそういう当事者性を有しているかどうかについて言えば、それは有していないということだと思いますが、私が防衛庁長官のときにシャングリラ・ダイアローグでシンガポールに参りましたときに、当時のリー・クァンユー上級大臣から、日本が戦争中にシンガポールで行ったことということについてあなたはどれほど認識しているかという問いを受けました。そのことについて私は教科書レベルの知識しかなくて、あなたはそれしか知らないのかということで非常に厳しい指摘を受けたということは一つの私の原点でございます。かつて日本が中国において、あるいはアジアにおいてどういうことをしていたのかということについて正確な認識を持つということは必要なことだと思っております。そういうことが、私たちは忘れても、それぞれの地域の人たちは忘れていないということも我々はよく認識をしなければなりません。
 今年、大阪・関西万博もございました。そこで私は可能な限りその国と日本との関係、それは戦争中も含めて知るように努力をいたしてまいりました。それを知っている、知っていないというのは全く違うと思っております。まずそれを知る努力というものを、責任を取る、取らないという当事者性の話とはまた別に、そこにおいて何があったのか、インドネシアにおいてどうであり、フィリピンにおいてどうであり、中国においてどうであり、そういうことについて日本人はきちんと真摯に歴史に向き合っているねという評価、これは重要なことだと思っております。日本がこれから先、世界に対していかに役割を果たしていくべきかということにおいて、日本が諸外国から歴史に誠実に向き合っている国だというふうな、そういうような認識を受けるということは我が国の国益にとって絶対に必要なことだと私は確信を持っておるところでございます。

経済が順調に伸びていると、そして人口も順調に伸びていると、そういうときはいろいろな意見の対立とか、そういうものがあまり顕在化しなかったというのが国会議員を40年やっている私の実感でございます。もちろん当時からいろいろな問題はありましたが、経済がどんどん伸びる高度経済成長期、あるいはバブルの時代、あるいは人口が順調に増えていた時代はそういういろいろな対立が顕在化しなかった。しかし、それがそうではないということになったときに、いろいろな意見の相違というものが顕在化するようになってきたのではないかなというふうに私は思っております。
 そうであらばこそ、自分だけが正しいのだということではなくて、なぜこの人はこういう主張をするのか、その背景にはどういうものがあるのか、その意見を謙虚に聴いた上で、自分の考え方は間違っていないだろうかという、そういう自省の念を持つことは私はとても必要なことだと思っております。
 長きがゆえに尊からずですが、自民党の中の議論、あるいは国会内の議論で自分の考えを改めたことは私自身、何度もあります。自分の考え方が間違っておったということで反省した点もあります。私はそれが寛容さを本質とするリベラリズムであり、我が党はリベラル・デモクラティック・パーティーでございますので、それこそが保守の本質だと私は思っておるところでございます
 ですから、こういう時代であればこそ、その寛容さというものが必要であって、それをした後、正しく分断と対立というものが政権をお預かりする我が党の中で顕在化するということは決して日本のためではないし、政権政党の一員たる我々は常にそれを心していかねばならないというふうに自戒をいたしておるところでございます。

 

「参考文書」

石破茂首相の「戦後80年所感」全文 - 日本経済新聞

〈全文〉石破茂首相が所感「戦後80年に寄せて」表明 「過去を直視する勇気と誠実さを持ったリベラリズムが大切」:東京新聞デジタル

石破首相、戦後80年所感を発表 歴史検証「惨禍繰り返さない」 | 毎日新聞

石破首相の戦後80年所感、正統性への疑問 退陣直前に「駆け込み」 - 日本経済新聞