興味はあったのですが、あまり読む気にはなれなかった「安倍晋三 回顧録」。作家の江上剛氏がこの本の読みどころを紹介しています。
「安倍晋三とはいったい、何者であったのか。あなたがこの国に遺したものは何だったのか。そうした『問い』だけが、いまだ宙ぶらりんの状態のまま、日本中をこだましています」と語った野田氏の演説の中の問いに対する答えを求めて、この本を読んだそうです。
「安倍晋三とは何者であったのか」の答えを見つけようと試みた【江上剛コラム】:時事ドットコム
「日本よ、世界の真ん中で咲きほこれ」、そのことを実現するために奮闘してきたのが安倍氏の人生だったのだろうと江上氏は指摘します。
本を読んでいないので何とも言えませんが、安倍氏が熱い想いを抱いて彼なりの改革に邁進したのだろうと推測できます。
「国滅びて、法制局残る」、「国が滅びても、財政規律が保たれてさえいれば、満足なんです」、官僚に対する対抗意識が強いようだともいいます。
内閣人事局については「内閣が政策を実行しようとしているのに、官僚が自分たちの役所の利益にならないからと、妨害するのは許されません」と至極まっとうなことを言う。政治主導というのは「政策の細部まで、いちいち政治家が口を出す」ことではないと言い、人事権を持つ「内閣人事局があって初めて政治主導が実現する」ということのようだ。(出所:時事ドットコム)
安倍氏が目標を実現するために、リーダーシップを遺憾なく発揮したということでもあるのでしょうか。「安倍氏に続く政治家たちも、この回顧録以上のものを残せるように信念を持って活躍してほしい」と江上氏はいいます。
しかしその反面、地位を誇示したり、特権を濫用したり、ちょっと過激で、不誠実、利己主義的なところが見え隠れしてしたように思います。傲慢で謙虚さに欠けるところもあったのではないでしょうか。そうなると、せっかくの高貴な理念にも疑念が生まれてしまいます。
論語に学ぶ
君子にして不仁なる者、有らんか。未だ小人にして仁なる者有らざるなり。(「憲問第十四」6)
君子 教養人であって、「不仁者」、人の道に外れた者があるだろうか。小人 知識人であって同時に「仁人」、人格者というようなことはないと意味します。
時代は世情とともに常に変遷していき、時々で人々が求めるものも変わるものです。国家目標も必要なことなのかもしれませんが、移り変わる国民感情をちょっと先取りして加味することも政治においても求められているのではないかと思います。
物質的な豊かさから心の豊かさを求める時代に移り変わってきています。今の政治はこの「心を豊かさ」を実現することはできるのでしょうか。
タイムスリップ
ある人が明治時代の人が現代にタイムスリップしたらどう感じるのだろうかと疑問を投げかけ、きっと政治は何も変わっていないと感じるのではないかと指摘していました。
また、ある人は日本維新の会に、れいわ新選組だからとも言っています。
進歩も進化もなく、陳腐で納得感のないことが続いているということなのかもしれません。