「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

異次元緩和の代償、波乱を呼びそうな日銀の政策修正

 

 人はミス、過ちを犯す存在のなのだとつくづく思います。歴史を振り返ってみてもそうなのでしょうし、昨今の世界情勢を見ても、それは明らかなのでしょう。

 軍事侵攻したロシア、新型コロナ対策に失敗する中国、こうした国際情勢に適切に対処できなくなった米国。そして、その問題に巻き込まれていく日本。

 こうしたことが続けば続くほど、人は悲観的な感情に襲われ、個人としての防衛本能が強くなったりするのでしょうか。

 

 

 しかし、こうした問題は時間をかけて人によって解決されてきたのもまた事実なのでしょう。 現実に社会は少しずつ良くなり、進歩しています。それも歴史を振り返れば、知ることができます。

 そうはいっても、一時的な停滞や浮き沈みもあったりするのでしょう。

 日本は今、少しばかり長い最悪期に落ち込み、その状態が続いているのかもしれません。いくつかの人為的なミスが重なってのことなのでしょう。

世界を驚かせた黒田総裁、その代償は

 日銀がこれまで続けてきた維持緩和政策を突然修正し、市場を驚かせました。

vs.国家、市場の逆襲 日本国債売り「初の勝利」: 日本経済新聞

中央銀行や政府が生み出したゆがみを突いた市場に屈し、鉄壁の守りを誇った日銀ですらついに政策修正に追い込まれた。(出所:日本経済新聞

 金融緩和から引き締めへ、世界がその方向に向かうなか、緩んだ規律に市場の逆襲が始まっていると記事は指摘します。

「政策の不合理さが増していた」、こう批判されてしまえば、元も子もありません。これがすべてなのかもしれません。

 不合理、そのゆがみを利用して投機が行われるのは常のことなのでしょうし、それが健全化を求めるサインだったのでしょう。それを無視続けたのですから、政策修正は当然のことなのかもしれません。

 

 

「これ自体はひどくショッキングなニュースではないはずだ」、ただ日銀は市場に準備させることを何一つしなかったとの批判もあります。

【コラム】黒田総裁、突然の政策修正は降参か戦術的退却か-オーサーズ - Bloomberg

 世界から批判されるような合理的ではない行為を、日本の中央銀行が平然と続けてきたことはやはりショックなことです。これでは日本が長く低迷するのもわかるような気になります。信用を徐々に失った時間でもあったのかもしれません。

 苦難や試練、逆境を乗り越えると、時にそれを進歩の機会にできるといいます。

 こうした政策変更が終わりの始まりになって欲しいものです。不合理を正し、自然に流れる本流に戻れるべきなのでしょう。安定した大きな流れに乗れば、安心感とともに悲壮感はやがて失せていくのでしょう。

論語に学ぶ

子貢(しこう)問いて曰わく、師と商とは孰(いず)れか賢(まさ)れる、と。子曰わく、師や過ぎたり。商や及ばず、と。曰わく、然(しか)らば則ち師は愈(まさ)れるか、と。子曰わく、過ぎたるは猶及ばざるがごとし、と。(「先進第十一」16)

 弟子の子貢が「師(子張)と商(子夏)と、どちらがすぐれていますか」と尋ねると、孔子は「師は過ぎるところがあり、商は及ばないところである」と答えたといいます。

「では師のほうがすぐれているのですか」と子貢が尋ねと、孔子は「多いも少ないも同じことだ」と教えたといいます。

dsupplying.hatenadiary.jp

「過」も「不及」も同格であって、中庸を失っている点では、どちらもに良くないと意味します。

 弟子の子張は秀才といわれていましたが、子夏と議論すると、子夏の激しい調子を批判し、孔子のゆったりと相手の意見を聞く態度を学んでいないと指摘したそうです。さらに、小人の議論は、自分の意見だけが正しいと言い張り、目を怒らせ、腕をむき出しにし、早口で口から涎(よだれ)がたれ、目が赤くなり、勝を得ると喜びまわるとも批判していたそうです。こういうことが行き過ぎということでしょうか。

 

 

米中対立と日本

 米国と中国が激しく覇権争いし、対立しています。

 よくよく両国を観察すれば、子張と子夏の議論のようなもので、お互いに「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」ということがあるのかもしれません。

 洋の東西を問わず道徳の基本が「中庸」にあることを忘れてしまっているようです。

 無理してどちらかに組することもないのでしょう。そこにこそ合理性がありそうです。これまでの低迷の原因もそこにあるのかもしれません。極端になり過ぎていたように感じます。極端に尖れば、注目され、目立ちはしますが、それは一時的なことに過ぎないということでもあるのでしょう。

 これまでの極端を正することができれば、落ち着くところに落ちつくようなっていくのでしょう。