「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

異次元金融緩和はいつ終わる、黒田総裁は何を語る

 

 日銀が金融政策決定会合を開催し、今日黒田総裁が会見するそうです。金融緩和政策が続けられるとの見方が支配的のようです。

 毎日新聞による10月の世論調査では、金融緩和政策に半数以上が見直すべきと考え、政府の物価対策も評価しないとの意見が75%に達しているといいます。

黒田日銀に逆風、世論調査で過半数が金融緩和「変更すべきだ」 - Bloomberg

「円安と物価高に苦しむ国民から支持を失いつつある」と記事は指摘します。

 一方、黒田総裁は国会答弁で「為替相場を直接のターゲットにしない」と述べ、緩和継続で景気回復を支える方針を表明し続けています。そうであるにも関わらず、政府・日銀は市場介入を断続的に実施し、円安の抑制に躍起になっているように見えます。

 

 

「金融緩和政策に逆行する介入には効果がない」と、とある専門家は批判し、為替介入は円安進行による「物価への影響から、政治的にやらざるを得なかった」との見方を示しているといいます。また、円安につながる異次元金融緩和の下での円買い介入は、「マーケットから見るとものすごくちぐはぐ感がある」と指摘し、「金融政策や財政政策が一緒に動員できないと本当の効果がない」ともいいます。

金融緩和に逆行する介入に効果なし、政策正常化「難しい」-篠原元財務官 - Bloomberg

 金融政策を正常化させようとすれば、マーケットが動き、金利が望む方向とは別な方向に向かってしまう恐れがあります。そのためには市場とのコミュニケーションの重要で、「今検討していますよというところから始め、徐々にマーケットを慣らしていかないと金利は急に動いてしまう。その辺のプロセスはすごく難しい」と指摘しています。

 政府はインフレ対策や円安メリットを生かす経済対策をまとめたといいます。

「今の段階で心配すべきはお金の使い道」。

 非効率な会社の延命措置が続くと「日本の競争力・体力は弱くなっていってしまう」と、その専門家は警鐘を鳴らしています。さて、日本は変わっていくことはできるのでしょうか。

 

 

論語に学ぶ

憤せずんば啓(ひら)かず、悱(ひ)せざれば発さず。一隅を挙げて、三隅を以て反せずんば、則(すなわ)ち復(ふたた)びせず。(「述而第七」8)

「憤する」とは、いきどおることではなく、心がいっぱいに膨れ上がることを意味し、そうなって悩んでいるときに始めて「啓く」、つまり導いてやる。「悱」とは、いいたいことが口に出かかっていて出ないこと、そのときになって始めて「発する」、つまり教えてやる。ものには四つの隅があるが、その一つだけを示してやると、あとの三つの隅にも反応して答えてくるはずだが、もしそうならない場合は、相手がこちらの教示をまとまって受け取る準備ができていないのだから、しばらく見捨てて、同じ教えを繰り返しはしない、と意味します。

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 のどのかわいていない馬に水を飲ますことができないように、問題を持たないものに、問題の解き方を教えることはできないといいます。

 

 

 経済再生政策の一環として黒田バズーカ、異次元な金融緩和はあったのでしょうか。しかし、肝心要な企業は動かず、積極財政を伴っても、企業の内部留保ばかりが積みあがり、経済はおろか、賃上げにもつながっていない現実が今ここにあります。政府・日銀は今どんな問題意識をもっているのでしょうか。 

大衆は海である。焦れば溺れるが、身を預ければ、いつまでも浮かばせてくれる。

信頼して裏切られる手痛さよりも、信頼して報いられる有難さの方が大きかった。(引用:「価格破壊」城山三郎

「問題は、刀折れ矢尽きて死屍累々となることではない。意地を張ることではなく、勝つこと」と城山はいい、そのためにはどうすればよいかと考えなければならないし、そこには柔軟な戦略が必要と「価格破壊」で説きます。

 目標を変えずに結果的に持久戦となって、万策尽きて、倒れるようになってしまったら、大罪を犯したどこぞの軍部と変わらないのかもしれません。その時は焼け野原が残ったといいます。

 

 

棘子成(きょくしせい)曰わく、君子は質なるのみ。何ぞ文を以て為さん、と。

子貢曰わく、惜しいかな、夫子の君子を説くや、駟(し)も舌に及ばず。文は猶 質のごとく、質は猶 文のごとし。虎豹(こひょう)の鞟(かく)は猶 犬羊(けんよう)の鞟のごとし、と。(「顔淵第十二」8)

 棘子成が「君子は質実であればいいのだ。どうして文飾の必要があろうか」と言います。すると子貢は「残念だな。彼の君子論は失言だ。ひとたび口に出した言葉は、駟馬で追いかけても及ばない」といい、「文は質と同じくらい、質は文と同じくらい貴ぶべきものなのだ。虎や豹のなめし皮も、犬や羊のなめし皮も同じで区別がなくなるではないか」といったそうです。

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 目指す最終地点が同じであるのなら、できることなら遠回りせずに最短ルートで進めることがよいのかもしれません。しかし、それでうまくいくことは稀で、時々で進路変更など柔軟な対応が求められるときもあるのでしょう。

 それを如何に説明し、コミュニケーションしていくか、質実剛健であるべきなのかもしれませんが、時に言葉巧みに語らなければならないときもあるのでしょう。

 黒田総裁は今日、何を語るのでしょうか。