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【ノーベル経済学賞】米FRB元議長が受賞、金融危機に対処した実務とそれを支えた研究

 

 FRB 米連邦準備理事会の元議長のベン・バーナンキ氏が今年2022年のノーベル経済学賞を受賞しました。授賞理由は「金融危機における銀行の役割」で、バーナンキ氏の他、2名との共同受賞。銀行破綻が経済に与える影響を定式化したそうです。

 バーナンキ氏は08年の金融危機リーマンショック」時にFRB議長として対応の指揮をとった人物、実務面でも主要国中央銀行のトップを務めた人物が受賞するのは極めて異例といいます。

ノーベル経済学賞に元FRB議長・バーナンキ氏ら3人: 日本経済新聞

バーナンキ氏の研究業績で最も評価を受けたのは、1930年代の世界恐慌の分析だ。当時の米国は失業率が25%にまで上昇し、世界でも前例のない景気後退を記録した。原因として考えられていたのは中央銀行による資金供給の不足だったが、バーナンキ氏はほかにも原因があると考え、統計や歴史資料を吟味した。(出所:日本経済新聞

 

 

 バーナンキ氏の研究の結果として判明したのは、銀行の取り付け騒ぎが恐慌を深刻化したことといいます。

 実務面では08年9月、リーマンショックで始まった世界金融危機の時、経営が不安視された他の大手金融機関に公的資金を投入する緊急対応策を主導、米議会などから批判の声も上がったそうですが、銀行の信用回復を重視するという自らの理論に沿った行動で、危機の広がりを食い止めたという評価が定着していたといいます。

論語に学ぶ

子路 聞くこと有りて、未だ之を行なうこと能(あた)わずんば、唯聞くこと有るを恐る。(「公冶長第五」14)

 弟子の子路は真直ぐな人間で、知行合一を常に求めていたそうです。先生から教わったことはすぐに実行に移したい。

 しかし、まだそれが成果をあげていないうちに、また次の教えを聞くと、それも実行したくなり、あぶ蜂とらずになる恐れがある。だから、一つのことを成就するまで次の教えを聞くのが恐ろしいといったいいます。

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 研究、「研ぎ澄まし究めること」を意味し、ある特定の物事について、事実あるいは真理を追求する一連の過程のことで、人間の知識を集めて考察し、実験、観察、調査などを通して調べていくといいます。

 また、学術的な研究の目的は、突き詰めれば新しい事実や解釈の発見であるといいます。それゆえ研究者は、得られた研究成果が「新しい事実や解釈の発見」であることを証明するために、それが先行研究によってまだ解明されていないこと、新規性を示す必要があるといいます。

 

 

知行合一

 バーナンキ氏の研究もまた、こうした一連の行為を踏み、研究で得られた仮説を、実務を通してその正しさを証明し、ノーベル賞にてその新規性が認められたということでしょうか。

知行合一」、知と行は表裏一体をなすべきといいます。

人々は銀行破綻が意識されると、一斉に預金を引き出そうとする。銀行は預金引き出しに備えた資金を確保するために企業への貸し出しを渋る。すると経済全体に回るお金の量が少なくなってしまい、不況が深刻化してしまう。こうした金融を介した負のサイクルをバーナンキ氏らは理論として定式化した。(出所:日本経済新聞

小さな正義、大きな正義

 日本にも金融危機や恐慌の歴史はあります。昭和恐慌があり、その後も銀行破綻は繰り返されました。研究の対象はあったはずのに、それらに着目せず、検証が為されていなかったのでしょうか。

昭和恐慌のきっかけとなったのは枢密院が台湾銀行への公的資金投入を拒否したことであった。放漫経営の台湾銀行へ国民の血税を投じることを阻止することは小さな正義にかなう。だが、それが結局、日本全体を恐慌に導く引き金を引いたことを考えると、小さな局面で、小さな正義を通したからといって、大きな正義に合うかどうかは一概には言えない。(引用:「中坊公平の闘い」 藤井良広

 こうした事例研究がきちんとなされていたなら、日本経済がこんなに長く低迷することはなかったとのかと、バーナンキ氏のノーベル賞受賞の報を聞いて感じてしまいます。単なる模倣ではなく、日本の実態に合わせた政策を模索する必要があるということなのでしょう。

 

 

公正、透明性

 故中坊公平氏は弁護士で、バブル後の住専問題の処理を託された人物で、住管機構を率い、その業務遂行には「公正」と「透明性」を求めたといいます。

公正とは何か、道理とは何かというと、長い目で見ても、国民が結果的に納得できるものと思う。

一見、少数者の権利に見えても、結果において多くの国民の利益に共通しているものが正義であり、道理ではないか。(引用:「中坊公平の闘い」 藤井良広

 大きな問題を解決に導く人には共通する資質があるのかもしれません。

「公正」とは、公共性を重視した「国民が納得できる」方法をとることと、中坊はよくそう言っていたといいます。それが「道理」ともいっていたそうです。

 反面、世間が騒がせたり、いつまでも問題が解決されないのは、「公正」さにかけ、不透明なところが多いということなのでしょう。国民が納得しなければ、解決にならないということでもありそうです。それができないのが今の政治なのでしょう。