「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

憂鬱な今年の10大ニュース 無為として化せば、もっとよくなったはずなのに

 今年の10大ニュースが、報道されています。ニュースを見て振り返れば、激動の1年だったということでしょうか。

 米国で1月バイデン政権が発足し、トランプ政権で乱れた秩序が回復するのかと期待しましたが、米中対立はさらに激化し、期待し過ぎたのか、成果があまり見られていないように感じたりします。

 民主主義の退潮が指摘されるようになり、権威主義が台頭しているといわれます。アフガニスタンではタリバン復権し、ミャンマーではクーデターが起き、未だ収束せず、多くの人が武力弾圧の犠牲になっています。香港ではリンゴ日報が廃刊に追い込まれ、民主派が弾圧されました。

 ウクライナ国境では緊張が高まり、台湾海峡でもきな臭さが増しているようです。1月、バイデン大統領の正式認定手続きを進める議会にトランプ支持者が乱入し、犠牲者が出ました。当の本人は選挙での敗北を認めようとしなかったことが背景にあったのでしょうか。中国では11月、40年ぶりに歴史決議が採択され、習主席の3期目突入が確実視されるようになったといいます。  

 

 一方、コロナは一向に衰えを見せずに猛威を振るいます。世界的大流行、パンデミック。世界での感染者数が2億5000万人を超え、死者も500万人を超えているそうです。人類の叡智を結集すれば、収束するのかと思いきや、そうはならずに現在に至っています。

 日本国内でも緊急事態宣言が繰り返されては解除となり、また宣言が出される事態になりました。国内でワクチン接種を進めた政権が、対策が後手に回っていると批判され退陣し、新しい政権が誕生しました。しかし気づけば接種率は7割を超え、世界トップクラスだそうです。

 しかし、そのワクチンは途上国にはまだ十分に行き届かず、不公平さも否めません。ワクチン製造がほんの一握りの企業でなく、もっと多くの企業で製造されれば、接種も進み、もう少し早くパンデミックが収束するのかもしれません。

 これが正しい経済の論理なのかもしれませんが、救えない命が多数あったかと思うと矛盾を感じたりもします。もっと国際協力があればいいのでしょうが、そうならないのが現代のようです。 もっと環境を重視する思考が定着すれば、改善があるのではないでしょうか。結局、自国だけのことを考えていても世界はつながっていて、ウィルスは国境を越えてやって来てしまいます。気候変動の問題と根っこはおなじなのではないでしょうか。世界が協調しなければ地球の二酸化炭素の濃度を下げることはできません。  

 

論語の教え

「政を為すは徳を以てす。譬(たと)うれば北辰の其の所に居りて衆星之と共にするが如し」と、「為政第二」1にあります。

 論語 500余りの章句の中で好きな章句のひとつです。 前段の「政を為すは徳を以てす」の解釈がいくつかとあるといいます。穏当に読めば、「為政者は民衆の模範となる有徳者でなければならない」ということなのでしょうが、知力(理知と権力)に頼らないで、為政者の徳性によって教化すること、言い換えれば、「無為にして化す(=自然のままで人の手を加えないこと。支配者が特段何かをしなくても、その徳で自然に治まること)」ことだという解釈もあるそうです。

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 吉川幸次郎は「徳による政治の効果の比喩として美しい」と解説しています。漢の鄭玄の説に従い、夜空に散らばる星たちが北極星を中心にして回転する様は、それはあたかも北極星にむかっておじぎし、挨拶しているようだといいます。げすな意見なのかもしれませんが、徳に拠る政治の当然の結果として、礼儀正しい、モラルを尊ぶ社会になっていくということなのでしょうか。

 桑原武夫は「君主、為政者はつねに人民をわが子のように愛するとするという基本姿勢において、人民の生活にできるだけ干渉しないようにして、ただ災害から守る配慮をしつつ、最低の租税をとりたてさせる」ということが「政を為すは徳を以てす」ということであろうと解説します。

 

 

 現代の政治はこうした理想から遠く、無為にして化すではなく、動き過ぎるのがよろしくないのかもしれません。今、世界はコロナや気候変動という未曾有の災禍に悩まされています。この解決にまず尽力するのが為政者の務めなのでしょう。様々な利得を考えるから複雑化し、対応が後手に回るのではないでしょうか。現実にはできないことなのかもしれませんが、だからこそ、それを目指すべきということなのかもしれません。

 さてさて、来年はどうなるのかと気が揉みます。何はともあれ災禍がないのが一番です。良い年になることを願うばかりです。