「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

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【吾が友張や、能くし難しを為す。然れども未だ仁ならず】 Vol.492

 

子游(しゆう)曰わく、吾が友張(ちょう)や、能(よ)くし難(がた)しを為す。然(しか)れども未だ仁ならず。(「子張第十九」15)

 

(解説)

子游の言葉。「わが友、子張は及び難い優れた人材だ、しかし、まだ仁には至っていない

 

「子張」、姓は顓孫、名は師、字名が子張。陳の人で、孔子晩年の弟子。もっと若く秀才といわれる。「礼」の専門家。「史記」に、「師や僻なり」とあるように、時として正統を離れる異説を好んだようであるという。 

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 子夏と議論したとき、子夏の激しい調子を批判し、孔子のゆったりと相手の意見を聞く態度を学んでいないといい、さらに、小人の議論は、自分の意見だけが正しいと言い張り、目を怒らせ、腕をむき出しにし、早口で口から涎(よだれ)がたれ、目が赤くなり、勝を得ると喜びまわる等々と言ったという。

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 人となり才が高く、意が広く、人の感情などに拘らないところがあったという。孔門十哲に含まれていないが、子路、子貢に次いで登場回数が多く、それだけ影響力もあったのだろうか。

 

 

 その子張は「仁」を知ろうと孔子に質問し、「恭、寛、信、敏、恵」と教わる。孔子は子張に欠けていた徳目を指摘したのだろうか。 

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 孔子は、「弟子入りては則ち孝、出でては則ち悌たれ。謹みて信、汎く衆を愛して仁に親(ちか)づけ。行ないて余力あらば、則ち以て文を学べ」(「学而第一」6)という。もしかしたら、48歳年下の子張をイメージしたのだろうか。 

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「達」について問うた子張に孔子は、「その一方、「聞」とは、その人の顔つきとしては人格者の風をしているが、行ないはそうではなく、そういうあり方にであっても平気でいる。そして、君侯に仕えても、卿、大夫に仕えても、評判が高いということになっている」と、「達」と「聞」の違いを諭した。歳若の子張にまだ「聞」の段階ですよと、言ったのだろうか。

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 完璧な人などいないということなのだろう。それとも、「人は見かけによらない」とでもいうことなのだろうか。 

 

  

 後年、子張は、「荀子」非十二子篇で「子張氏の賤儒」と非難されることになる。

「吾が友張や、能くし難しを為す。然れども未だ仁ならず」

 子游の言う通りであれば、仕方ないのかもしれない。それとも、孔子に目をかけられる子張に対して、何かやっかみみたいなのがあったのだろうか。

 

子游」、姓は言、名は偃、字名が子游孔子より四十五歳年少の弟子。孔門十哲の一人。学問に秀れ、文学には子游といわれる。礼の形式を重んずる客観派の一人ともされる。子夏学派が礼の形式に流れたのに対して、子游は「礼の精神」を強調する。 

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 「関連文書」

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(参考文献)  

論語 増補版 (講談社学術文庫)

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  • 作者:加地 伸行
  • 発売日: 2009/09/10
  • メディア: 文庫
 
論語 (ちくま文庫)

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  • 作者:桑原 武夫
  • 発売日: 1985/12/01
  • メディア: 文庫