柳下恵(りゅうかけい) 士師(しし)と為り、三たび黜(しりぞ)けらる。人曰わく、子未だ以て去る可からざるか、と。曰わく、道を直(なお)くして人に事(つか)うれば、 焉(いず)くに往くとして三たび黜けられざらん。道を枉(ま)げて人に事えんや。何ぞ必ずしも父母の邦を去らん、と。(「微子第十八」2)
(解説)
「柳下恵は裁判官になり、三回免職された。ある人が「まだこの国を去らないのか」と言ったところ、「正道を踏んで君主に仕えるなら、どの国に行ってとて、三度もの免職にならないことがあろうか。邪道を踏んでまでして君主に仕えることがあろうか。どうして祖国を立ち去る必要があるだろうか」、と」。(論語 加地伸行)
「柳下恵」、姓が展、名が禽。字名は季。柳下に住み、恵と諡(おくりな)されたことで柳下恵といわれる。魯の大夫で裁判官。直道を守って君に仕えた。賢者といわれる。
「賢者は、世を辟(さ)け、其の次は地を避け、其の次は色を避け、其の次は言を避く」と、「作(た)つ者七人」(「憲問第十四」37)。
「柳下恵」、孔子がいう七名の賢者のひとりといわれている。
「賢者」、聖人に次ぐすぐれた人。賢明で堅実な人。
仏教では、善を行い悪を離れてはいるが、まだ真理を悟るにいたらず、凡夫の段階にとどまっている者。聖者の下の段階といわれる。仏教での「悟り」とは、迷いの世界を超え、真理を体得することをいう。
「悟る」とは、はっきりと理解する。見抜く。感づく。知ること、気づくこと。
「道を直(なお)くして人に事(つか)うれば、 焉(いず)くに往くとして三たび黜けられざらん」、柳下恵には迷いはなくなっていたということであろうか。
「道を枉(ま)げて人に事えんや。何ぞ必ずしも父母の邦を去らん」、悟りを得ていたのかもしれないが、その真理にはまだ迫っていないということなのだろうか。
「柳下恵」、孔子は「志しを降し身を辱(はずか)しむ、言は倫(りん)に中(あ)たり、行ないは慮(りょ)に中たる」(「微子第十八」8)と評す 。
(参考文献)