子曰わく、紫の朱を奪うを悪(にく)む。鄭声(ていせい)の雅楽を乱るを悪む。利口の邦家を覆すを悪む、と。
子曰わく、予 言うこと無からんと欲す、と。子貢(しこう)曰わく、子 如(も)し言わざれば、則(すなわ)ち小子(しょうし)何をか述べん、と。子曰わく、天 何をか言わん。四時(しじ)行なわれ、百物生ず。天 何をか言わん、と。(「陽貨第十七」16)
(解説)
孔子が言った。「間色の紫色が流行して、正色の朱色より増えているのをとがめる。官能的な鄭系の音楽が流行して優美な正統系の音楽よりも世に受けているのを非難する。耳に心地よい弁舌が、国家を覆すのを憎む」と。
孔子は言った。「私はもう発言して教えることをやめようと思う」と。子貢はこういった。「先生がもし黙ってしまわれますならば、我々弟子たちは何を伝えてゆけばよろしいのですか」と。孔子「天は何も指導していない。しかし、四季は自然とめぐるし諸物は生育しておる。天は何も教えていないのだ」と。(論語 加地伸行)
「紫の朱(あけ)を奪う」「朱を奪う紫」という言葉がある。
この章が語源とされ、古代正色とされていた朱にかわり、間色である紫が好まれるようになったところから、まがいものが本物にとってかわり、その地位を奪うことのたとえ。また、似て非なるもののたとえとの意味がある。
「正色」、まじりけなく正しいと定めた色であり、黒、朱、白、青、黄の五色。
「間色」、正色の混合によって生ずる色のこと。紫色、紅色、碧色、緑色、駵(りゅう)黄色。
「正色」は五行説の根本要素の水・火・金・木・土に対応する色。
「五行説」は、古代中国に端を発する自然哲学の思想で、万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からなるという説。5種類の要素は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という考えが根底にあるという。(参考:Wikipedia)。
その各々の要素が順々に次の要素を生み出してゆくとする五行相生(そうせい)説と、各要素がそれぞれ次の要素にうち克ってゆくとする五行相克(そうこく)説とがある。
相生は、順送りに相手を生み出して行く、陽の関係であり、これに対して、相剋は、相手を打ち滅ぼして行く、陰の関係でもある。
五行相剋:水は火に勝(剋)ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つ」。
水は火を消し、火は金を溶かし、金でできた刃物は木を切り倒し、木は土を押しのけて生長し、土は水の流れをせき止める、という具合に、水は火に、火は金に、金は木に、木は土に、土は水に影響を与え、弱める(出所:Wikipedia)。
五行相生:「木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ず」。
木は燃えて火になり、火が燃えたあとには灰(=土)が生じ、土が集まって山となった場所からは鉱物(金)が産出し、金は腐食して水に帰り、水は木を生長させる、という具合に木→火→土→金→水→木の順に相手を強める影響をもたらす(出所:Wikipedia)。
相剋の中にも相生があり、森羅万象の象徴である五気の間には、相生・相剋の2つの面があって初めて穏当な循環が得られ、五行の循環によって宇宙の永遠性が保証されるとWikipediaは解説する。
この章は前段と後段の2章にする説もあるが、加地は1章にまとめる。続けて読むと孔子の嘆きのようにも聞こえる。
「天 何をか言わん。四時行なわれ、百物生ず」
森羅万象、ある一定の法則で循環交代して、万物が生じ、また滅していく。
王朝もまた同じように生まれては消え変遷していく。そんな孔子の悟りだったのだろうか。
孔子が生きた春秋戦国時代のころに「五行説」や「陰陽説」が生まれ、これらが後に結合して陰陽五行説になるという。
長引くコロナ渦、何かが滅し、また何か新しいものが生まれるということなのだろう。
(参考文献)