孔子曰わく、天下道有れば、則ち礼楽(れいがく)征伐は、天子自(よ)り出(い)づ。天下道なければ、則ち礼楽征伐は、諸侯自り出づ。諸侯自(みずか)ら出づれば、蓋(けだ)し十世(じっせい)失わざる希(まれ)なり。大夫(たいふ)自ら出づれば、五世失わざる希なり。陪臣(ばいしん)国命を執(と)れば、三世失わざる希なり。天下道有れば、 則ち政(まつりごと)大夫に在らず。天下道有れば、則ち庶人議せず。(「季氏第十六」2)
(解説)
孔子はこう述べた。「天下に道義が行われているときは、規範や秩序は、すべて天子が主導する。天下に道義が行われていないときは、規範や秩序は諸侯が主導することになる。諸侯が主導するとしても、その君主のあと十代保つのは稀である。諸侯に代わって、家臣の大夫が実権を握ったときは、その子孫は五代と保たない。まして陪臣が国政を動かす振る舞いに至っときは、その子孫は三代と保ちはしない。天下に道義が行われておれば、諸侯の政権は大夫にはない。まして庶民があれこれと論(あげつら)い非難するようなことはない」。(論語 加地伸行)
天下 道有れば、則ち礼楽征伐は、天子自り出づ・・・
天下 道有れば、 則ち政(まつりごと)に大夫に在らず。
天下 道有れば、則ち庶人議せず。
孔子が没後2000年以上の時間が経つ。孔子が、「天下に道有れば」と教えるが、その道を保ち続けることができないのが人ということなのかもしれない。
今日も、米国ではヘイトクライムの問題があり、ミャンマーでのクーデターが国が混乱し、中東でも内戦は止まない。どの国も新型コロナに苦しみ、政権の対応を非難する。
別の非難はあるが、中国が今安定しているのだろうか。中国の規範と秩序があり、そして文化がある。民は自分たちの政をどうみているのだろうか。
良い悪いの疑問はあるが。
孔子がいう「征伐」という言葉が気になる。そうした言葉が香港やウイグルの問題につながっていくのだろうか。
孔子は、礼楽なき野蛮な夷狄をはげしく憎んでいたという。
今の中国の姿にだぶる部分もあるのだろう。
孔子思想にもアップデートが必要な部分もあるのだろう。
(参考文献)