「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

【管仲、桓公を相け、諸侯に覇たらしめ、天下を一匡す。民 今に到るまで、其の賜を受く】 Vol.351

 

子貢(しこう)曰わく、管仲(かんちゅう)は仁者に非(あら)ざらん。桓公(かんこう)は公子糾(こうしきゅう)を殺せるに、死すること能(あた)わず。又 之を相(たす)けり、と。

子曰わく、管仲桓公を相け、諸侯に覇たらしめ、天下を一匡(いっきょう)す。民 今に到るまで、其の賜(たまもの)を受く。管仲微(な)かりせば、吾其れ髪を被(こうむ)り衽(じん)を左にせん。豈(あに)匹夫匹婦(ひっぷひっぷ)の諒(まこと)を為して、自ら溝涜(こうとく)に経(くび)れて知る莫(な)きが若くならんや、と。(「憲問第十四」17)

 

  (解説)

子貢はこう述べた。「管仲は立派な人物ではありますまい。桓公が公子糾を殺したとき、死ぬことができず、その上、桓公の謀将となったではありませんか」と。

すると孔子はこう言った。「管仲桓公が補佐して諸侯の覇者たらしめ、諸侯をして周王室を尊崇せしめた。民は今に至るまでその恩恵を受けている。もし管仲がいなかったならば、髪は結ばずさんばら髪となり、衣服も左前に着ることとなったであろう。庶民に通ずる小さなまごころを尽くして溝の中で首をくくって自殺し、世にはその名を知られずに終わるような小さな生き方と比較できようか」と。論語 加地伸行

 

 前章では子路が同じ問いをし、武力を使わず平和裏に会盟に持ち込んだ管仲の「仁」を称えた。

 一方、子貢には、その後に民が受けた「賜」を説明し、「匹夫匹婦の諒を為して、自ら溝涜に経れて知る莫きが若くならんやる」という。

 この言葉は子貢に対するアドバイスでもあったのだろうか。孔子は門人たちの性格に合わせて問答をするという。

 

 

 

 子路、姓は仲、名は由、字名が子路孔子の弟子で、孔子より9歳年少。孔門では年かさの弟子。もとは遊侠の徒で、孔子にからみに来て論破され、心服して門に入ったという。率直勇敢な情熱家で、孔子に愛された。

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子貢、姓は端木、名は賜、字は子貢。孔門十哲の一人と言われる。

「言語には子貢」と評され、「賜や達なり」(雍也第六」8)といって、孔子は子貢の見通しのよさを評価していると桑原は言う。この秀才はおそらくスマートでやや実直さに欠けるところがあったのかもしれないともいう。  

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「関連文書」

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 (参考文献)  

論語 増補版 (講談社学術文庫)

論語 増補版 (講談社学術文庫)

 
論語 (ちくま文庫)

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  • 作者:桑原 武夫
  • 発売日: 1985/12/01
  • メディア: 文庫