憲(けん) 恥を問う。子曰わく、邦に道有れば穀(こく)す。邦に道無くして穀するは、恥なり。
克(こく)、伐(ばつ)、怨(えん)、欲 行なわれざる、以て仁と為す可きか、と。子曰わく、以て難しと為す可し。仁は則(すなわ)ち吾知らざるなり、と。(「憲問第十四」1)
(解説)
原憲が恥とは何でしょうかと質問した。孔子は、こう答えた。「邦に道義に基づいた政治が行われているとき、出仕するのがいい。しかし、道義なき政治で乱れているのに仕えているのが、恥である」
「勝ちたがり、自慢する、恨む、欲深、こういうことをしなければ、人の道を踏んだことになりますでしょうか」。孔子「難しい。それで「仁」人の道を踏んだことになるのかな」。(論語 加地伸行)
「原憲」、姓は原、名は憲、字名が子思。魯の国の人で、孔子の弟子。孔子の知行地の宰になった人物。この原憲は貧しい学究で、孔子の死後、衛の宰相となった子貢が美々しく威儀をととのえて、陋屋の原憲をたずね、かえって辱しめられたという伝説があるという。
そんな原憲との問答でも、「仁」について語られる。
「克、伐、怨、欲 行なわれざる、以て仁と為す可きか」
孔子は原憲の生活の不如意をよく知っていたという。それが「難しい」という言葉になったのだろうか。
「邦に道有りて、貧にして且つ賤(いや)しきは、恥なり」(「泰伯第八」13)
コロナで混乱する社会にあって、やはり経済を優先させることに無理があるのだろうか。まずは、「人心」「民心」の安定が何より先決なのかもしれない。
(参考文献)