「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

【徳行には、顔淵、閔子騫、冉伯牛、仲弓あり】 Vol.259

 

徳行(とくこう)には、顔淵、閔子騫(びんしけん)、冉伯牛(ぜんはくぎゅう)、仲弓(ちゅうきゅう)あり。言語には、宰我(さいが)、子貢あり。政事には、冉有(ぜんゆう)、季路あり。文学には、子游、子夏あり。(「先進第十一」3)

 

  (解説)

「徳行家として顔淵、閔子騫冉伯牛、仲弓が、能弁家として、宰我、子貢が、政治家として冉有、季路が、文学には子游、子夏が、それぞれいた論語 加地伸行

 

  「徳行、言語、政事、文学」を「孔門の四科」孔子学派が学ぶべき四つの学科目という。この章にある十人を「孔門の十哲」というそうだ。この他にも有名な弟子に、曾子、有若、子張などがいる。

 

  「顔淵」、孔子最愛の弟子とされる。顔回とも呼ばれる。顔淵が死んだのは、孔子61歳、顔回本人32歳のときと言われる。好学の士。

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  「閔子鶱」、閔損(びんそん)のことで、字名が子鶱。孔子より15歳年少の弟子。孔門の徳行の士として著名であったという。顔淵とともに修養清潔派。

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 「冉伯牛」、冉耕のことで、伯牛は字名。孔門の徳行の人として著名であったという。

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「仲弓」、冉雍の字名、姓は「冉」、名が「雍」。孔門十哲の一人と言われる。徳行の士。卑しい階級の出身であったが、人柄がよいので孔子に愛され、「雍や南面せしむ可し」(「雍也第六」1)、君主の地位を与えてもよい人物、とまで評価される。

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宰我」、姓は宰、名は予、字名が子我。孔子の弟子で、礼の専門家といわれる。能弁家だったともいわれる。 

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「子貢」、本名を端木賜(たんぼくし)といい、孔子より32歳年少。弁舌にすぐれた秀才で、利殖の道にもたけて孔門第一の金持になったという。

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冉有」、孔子より29歳年少の弟子。字名は子有。冉求とも呼ばれる。政治的手腕があり、才芸も豊かで、謙遜深かったといわれる。孔子が晩年魯国に帰国した後、冉求は季子の臣となったといわれる。   

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  「季路(子路)」、姓が仲、名は由、子路は字名。顔回(顔淵)とともに「論語」の二大脇役。大国の軍政のきりもりを任せられる人材と桑原はいう。子路は晩年、衛の国に仕えるが、内乱に巻き込まれ殺される。 

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子游」、姓は言、名は偃、字名が子游孔子より四十五歳年少の弟子。学問に秀れた人と言われる。

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「子夏」、姓は卜(ぼく)、名は商。孔子より44歳若く、孔子学団の年少グループ中の有力者。文学にすぐれた、つまり最高の文献学者だったという。孔子晩年の弟子。

孔子が外出しようとしたとき、雨が降ったが、傘がなかった。弟子が「子夏がもっていますよ」というと、孔子は「あれはケチだからなあ」と答えたという。続けて「人の長所を言い、短所を忘れることによって、長くつきあいができるのだ」と言ったと、加地は「孔子家語」の一節を紹介する  

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(参考文献)  

論語 増補版 (講談社学術文庫)

論語 増補版 (講談社学術文庫)

  
論語 (ちくま文庫)

論語 (ちくま文庫)

  • 作者:桑原 武夫
  • 発売日: 1985/12/01
  • メディア: 文庫