「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

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【佞有らざれば、宋朝の美有るとも、難いかな、今の世に免るること】 Vol.137

 

子曰わく、祝鮀(しゅくだ)の佞(ねい)有らざれば、宋朝の美有るとも、難(かた)いかな、今の世に免(まぬか)るること(「雍也第六」16)

  

(解説)

孔子の教え。祝鮀のような優れた弁才がないならば、宋朝のような美貌があっても、難しいな、今の世を生き抜くのは。論語 加地伸行

    

桑原の解説。

 「祝鮀」の祝は「はふり」つまり宋廟の神官の意味、鮀が名であるという。衛の霊公に仕え、ある国際会議で席次争いのとき、雄弁をふるって勝利し名をあげたという。「佞」とは、口才すなわち雄弁のことであって、後世のような姦悪という意味はまだなかった。宋朝は、宋の公子の朝のこと、絶世の美男子であったという。衛の霊公が寵愛する夫人、南子を喜ばせるために、以前から彼女の愛人だったこの宋朝を迎えて重臣としたという。

 桑原はこの章には二つの読みがあるという。前述のように読む古注に対し、新注は佞人、美男をともに否定するという。

 佞は必ずしも悪い意味ではなく、「憲問第十四」19に孔子が、衛の霊公の無道なことを批判したさい、それではなぜ滅びないのですかと聞かれて、名臣がいたからだとして三人をあげたうちに祝鮀の名が出ている。孔子はその佞を否定していないという。そこで、祝鮀のような弁説、そしておそらく才知がなくて、ただ宋朝のような容姿の美しさを売り物にしているかぎり、現代のような厳しい世の中は無事にわたってゆけまい、と古注のように解するのが、穏当だと桑原は指摘する。

 ただ、「今の世に免れる」というのは、迫害さらに殺害を免れるという激しい意味をもつようだから、なぜ孔子があまり世評の芳しくない宋朝の名をあげて、ここまで言い切ったのか、理解しがたいとも指摘、この時代は残虐行為の少なくない乱世だったという。

 

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 昨今は芸能人やアスリートなどの有名な方々もSNSを活用し積極的に意見表明するようになった。現世も、容姿がひとつのタレント(才能)ということではなくなってきているのかもしれない。自身の意見をキチンと表明するという、「祝鮀」のような弁説、そしておそらく才知が求められているのかもしれない。

  桑原は宋朝のいた時代は、残虐行為が少なくない乱世と指摘したが、SNSで誹謗中傷が蔓延る現世もまた乱世と呼んでもいいのかもしれない。

 

(参考文献)  

論語 増補版 (講談社学術文庫)

論語 増補版 (講談社学術文庫)

  
論語 (ちくま文庫)

論語 (ちくま文庫)

  • 作者:桑原 武夫
  • 発売日: 1985/12/01
  • メディア: 文庫