子游曰わく、君に事(つか)えて数(はや)からんとすれば、斯(すなわ)ち辱(はずかし)めらる。朋友に数からんとすれば、斯ち疏(うとん)ぜらる。(「里仁第四」26)
(解説)
「子游の意見。主君に仕えてすぐ親しくなろうとすると、罪を得やすい。友人と交わってすぐ親しくなろうとすると、向こうが逃げてしまう。」(論語 加地伸行)
桑原は、この章を次のようにいう。
ここはもっと常識的な観察で、相手を見て法をとけ、つまり正論をうるさがってこちらをうとんずるようなつまらぬ君主や馬鹿な友人には、ほどほどにしておくほうがよいというほどの意味であろう。(論語 桑原武夫)
自分の失敗からみると、加地、桑原の両説も腑に落ちる。
起業しようとパートナーを求めたときのことを思い出すと、加地の解説を理解する。そのパートナーを追い求めすぎたことが躓きと思うと、桑原の説が身に染みてよく理解できる。今にして、その時を省みて、桑原説に従えば、追い求めたパートナーたちがつまらぬ人間ともいえる。こちらから、早く縁を切るべきだったと気づく。そう解釈すると、不思議に納得できる。
田中将大がメジャーに行く前の野村克也監督との関係が理想なのかもしれない。
「子游」、姓は言、名は偃、字名が子游。孔子より四十五歳年少の弟子。孔門十哲の一人。学問に秀れ、文学には子游といわれる。礼の形式を重んずる客観派の一人ともされる。子夏学派が礼の形式に流れたのに対して、子游は「礼の精神」を強調する。
(参考文献)