「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

未来を考えると愉快【十世知る可し】 Vol.42

  

 子張問えらく、十世知る可(べ)きか、と。子曰わく、殷(いん)は夏(か)の礼に因り、損益する所知る可し。周は殷の礼に因り、損益する所知る可し。其れ或いは周に継ぐ者、百世と雖(いえど)も知る可きなり、と。(「為政第二」23)

  

(意味)

「子張が質問したことがあった。「これから先、十も王朝が交替しましたら、そのことが分かりましょうか」と。孔子はこうお答えになられた。「殷王朝の文物・制度一般は、(その前王朝の)夏王朝のそれによって、変遷をしることができる。現在の周王朝の文物・制度一般は殷王朝のそれによって、変遷を知ることができる。ひょっとして現王朝の次の王朝が現れても、百代の後といえども同じくその変遷を知ることができる」と。」論語 加地伸行

 

 桑原は、以下のように解説する。

子張は、このあと周についで次々とあらわれるであろう十の王朝のことを、今から予知できるでしょうか、という大胆な質問をした。

 これから十番目の王朝のありさまが予知できるか、といのお前の質問は何かはったりめいて好ましくないが、お前のよく知っている礼楽をみても、それは予知できるはずではないか。殷の王朝は前の夏の王朝の礼制を受け継いだ、そのさい廃止(損)あるいは付加(益)したところはわかるはずだ。周王朝の殷王朝に対する関係も同じことである。したがってもし周を継ぐ王朝がいろいろでてくるにしても、十代どころか百代さきのことまで予知できるはずではないか、と孔子が答えたと解説する。

 

 孔子と子張の面白いやりとりである。

 大雑把な空論を排して、文明生活の中心と孔子の考える礼の問題として、合理的に確信をもって推論しようとする姿勢が美しいと桑原はいう。

 

 

「子張」、姓は顓孫、名は師、字名が子張。陳の人で、孔子晩年の弟子。もっと若く秀才といわれる。「礼」の専門家。

 「史記」に、「師や僻なり」とあるように、時として正統を離れる異説を好んだようであると、「子張」を桑原はそういう人物であったとみる。  

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 子夏と議論したときは、子夏の激しい調子を批判し、孔子のゆったりと相手の意見を聞く態度を学んでいないといい、さらに、小人の議論は、自分の意見だけが正しいと言い張り、目を怒らせ、腕をむき出しにし、早口で口から涎(よだれ)がたれ、目が赤くなり、勝を得ると喜びまわる等々と言ったという。

 

 

 桑原はこの章をこう解説する。

 孔子人間性の本質は永久不変性を信じて、その社会における具体的表現である礼なるものは、部分的改変はさけられないにしても、その基本は永続すべきものだとしたのである。孔子が、あの乱世に生きながら、あるいは乱世に生きることによって、人間的秩序の連続性を確認しえたことを壮とすべきであると桑原はいう。 

 また、仁斎、徂徠の解釈を紹介する

 仁斎は昔と今とはひどく違ったものではなく、舟で水を渡り、車で陸を行くのは「千古の前もかくのごとく、千古の後もまたかくのごとし」という。

徂徠は、今から過去を省みて損益されたところを明らかにするというのではなく、周が殷の礼において損益すべきところは、すでに殷王朝の過程において予知できたはずだ、だから周という今の時代においても十代後の王朝の礼制もまた必ず予知できるはずだ、と理論づける。

そして、人類の生活は人類発生から今日まで不変なものでは決してなく、まず農耕を知ることによって大きく変化したが、産業革命以降は第三段階に入り、その100年間の変化は過去数十世紀における変化よりも大であるとされると桑原は指摘し、地球が人口過剰で破滅に瀕してているときに、「生めよふやせよ、地にみてよ」という聖なる言葉はうつろに響かないだろうか、制度は変わっても人間性は永久不変という人の前に「試験管ベイビー」の可能性が提示され、「十世知る可し」といえるだろうかという。

ただ私たちが「十世知る可し」と言いうるためには、決意が不可欠であろう。非連続の深い自覚がへることなくして、安易な文明の連続をとなえることは、もはや許されない。

桑原の解説は、文学者らしさを感じる。

 

 

 自然は飛躍しない。

 人間も自然の一部。その思考もまた同じもの。

 孔子は、人間的秩序の連続性を指摘した。時代変遷とともに価値や秩序に変化があっても、その本質部分は変わらずに普遍的なこととしたのであろう。もう少し平易に言えば、言葉の表現は変化するが、本質に変化はないと。

 

 昔の人は、よく「義理と人情」と言った。今を生きる私たちには、もう陳腐化した言葉で、どこか古めかしい感じがする。その本質は、他人への配慮と気遣い、やさしさということかもしれない。それは現代を生きる私たちにもきちんと引き継がれている。

 

  言葉の変化を予測することは難しい。しかし、人間の普遍的価値は百代さきでも変化しないことであろう。

 

 

 

過去を遠く遡るほど、未来を遠くまで見通せる

 とウィンストン・チャーチルは言った。

 

 文明は進歩を続ける。果たしてゴールはあるのだろうか。

1000年後の未来を正確に予測することはできない。それでも、100年後くらいまでなら、おぼろげに想像することくらいはできる。子どもや孫の代にはこんな世界であって欲しいと。

 起業家たちは20~30年後の世界を夢見る。世の中の変化を眺め、大きな変化の前の小さな変化に注意を払う。 そして、人より少し早く5年後の未来を創ることから始める。

 

 科学技術も自然のように飛躍はしない。過去の積み重ねがあって進歩が生まれる。

    

 (参考文献)  

論語 (ちくま文庫)

論語 (ちくま文庫)

 
論語 増補版 (講談社学術文庫)

論語 増補版 (講談社学術文庫)

 

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