「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

風の男 白洲次郎 【之れを求むるや、其れ諸れ人の之れを求むるに異なる与】 Vol.15

 白洲次郎という人がいた。吉田茂に愛された男である。

 日本国憲法の制定にかかわった人物で、その後経済界に転身している。

 論語学而第一 十を読むと、白洲次郎のことが頭に思い浮かぶ。

 

子禽、子貢ぶ問うて曰わく、夫子は是の邦に至るや、必ずや其の政を聞く、之れを求めたる与(か)。抑そも之れを与えたる与。子貢曰わく、夫子は温・良・恭・倹・譲、以て之れを得たり。夫子の之れを求むるや、其れ諸(こ)れ人の之れを求むるに異なる与。 (学而第一 十)

  

(意味)

「政治参加は孔子さまのほうから要求されたのか、それとも、訪れた国の君主から頼まれたのか。そのどちらですか。」と子貢が答えて、「先生は、おだやかで(温)、素直で(良)、うやうやしく(恭)、つつましやかで(倹)、ひかえめ(譲)なおかたです。だから、政治にあずかる地位をおのずと得られました。先生がそれをお求めになったとしても、それはどうもほかの人の仕方とは違っていたようだな。」(論語 桑原武夫

 

桑原はこの文章を以下のように解説する。実に深い意味を持つ文章である。

自分の理想を現実政治にあらわし、天下の人民を安んじることに熱意を示していた孔子は、つねに仕官を求めていた。子禽はそれを外面的にとらえて孔子猟官運動のテクニックを聞いたのである。そこに、若干の批判的なニュアンスが感じられる。子貢は、それにたいして、求めたのか、与えられたのか、その二者をはっきりと択一するのでなく、孔子の人格が信頼されておのずと地位をもたらす、としてながら、孔子が経綸に熱意があることをよく知っていたので、こちらから求めふしも確かにあるが、それはうろうろしている野心家たちの猟官運動とはちょっとわけが違う、立派な態度なのだ。その微妙なところ、君にはまだよくわからないかもしれないがね、といったのである。 

   

 白洲次郎は、戦後直後の日本に欠かすことのできない存在。その登場の仕方、引き際があざやかで、この文章を彷彿させる。

  「カントリー・ジェントルマン」と称した白洲次郎。戦中、近衛総理から離れ、東京鶴川で隠遁生活を送っていたが、戦後、吉田茂の要請で再び中央へ。

 「いざ、鎌倉」というのが彼の心境であったのであろう。

 ノブレスオブリージュ、プリンシプル、プリミティブな正義感が次郎の行動の根幹であった。論語でいう五徳に通ずるものがあるのであろう。

 

 次郎の生家白洲家は、元禄時代から歴代儒者役として三田藩に仕えた家柄。次郎の祖父退蔵の記録は残っており、それによれば、幕末に大坂、江戸で儒学を修め、その後、幕末、明治維新期に活躍している。プランを多くもち、率先して実行する活動家であったとのことである(出所:風の男 白洲次郎)。

 私はことさらに白洲次郎の原型が祖父の退蔵にあることを言うつもりはないが、(中略) 紛議のただ中に飛び込み、あっという間に身を引く潔さも退蔵と次郎に共通するものに思われる。(出所:風の男 白洲次郎

 次郎の底辺には、やはり論語の息づいていたのかもしれない。

 
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風の男 白洲次郎 (新潮文庫)

風の男 白洲次郎 (新潮文庫)

 

  

「プリンシプルのない日本 白洲次郎」にこんな一節がある。

「現代をあんまり早く摑み過ぎた奴は、いつでも不幸になちゃうんだ。

ちょっとばかり早く摑んだ奴が大成功するんだ。いま日本がいけないのはすぐに人の脚をひっぱることだね。」

プリンシプルのない日本 (新潮文庫)

プリンシプルのない日本 (新潮文庫)

 

   

 白洲次郎とは真逆な人生だからこそ、次郎に強くあこがれる。

 

(参考文献) 

論語 (ちくま文庫)

論語 (ちくま文庫)

 

 

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。