「論語を現代に活かす」 時代を超えて読まれた名著

未来はすべて次なる世代のためにある

SNS疲れ 【忠信を主とし、己に如かざる者を友とする無かれ】 Vol.13

 

 子曰く、君子重からざれば、則ち威あらず。学びても則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とする無かれ。過ちては則ち改むるに憚ること勿れ。 (「学而第一」8)

  

(意味)

「重厚さすなわち中身の充実(誠実)がなければ、人間としての威厳はない。学問をしても堅固ではない。このように質の充実つまりはまごころを核とすることだ。(そういう生き方をする)自分と異なり、まごころの足りない者を友人とするな。もし自分に過失があれば、まごころに従ってすぐに改めることだ。」(論語 加地伸行

 

 加地、桑原とも同じような見解を示しているが、桑原の「己に如かざる者を友とする無かれ」のところの解説がおもしろい。

 

上に立つ者は、重々しい態度をしていなければ威厳がたもてない。つまり、人民にあなどられるだろう。上位者には学問をしていないものが多いが、それでは考えが固定して融通がきかない。学問をしなければならない。

「忠」とはまごころ、「信」は約束を違えぬこと

「忠信」とはそうしたよい性質をもつ人間を指す

まごころがあって嘘をつかない人と馴れ親しんで、自分より劣る者を友人とするな。過ちをおかしたならば、素直に改心して改めるべきである。こだわってはならない。」(論語 桑原武夫

 

 

 桑原は、「己に如かざる者を友とする無かれ」について、こう主張している。

上位者のみでなく、一般人への訓戒ととれば、どうなるか。みんなが上を向いて、自分と同じ、または自分にまさる人格の持ち主を友人としたがると、下のほうにいると認定された人間は誰も友人になってくれない、という結果になりはしないか。それでは現代考えられているような意味でのヒューマニズに背くことになりはしないか。

 「上知と下愚とは移らず」(「陽貨第十七」2)という決定論孔子にはあって、下愚は切り捨てることも已むを得ないとしたのだろうか。

 

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私は、おのれにまさる者も如かざる者もともに友として、そのおのおのが人間であるかぎり、必ずもっているにちがいない自分にないところのものを、摂取するという考え方のほうが立派なのではないかと思う。

「三人行(あゆ)めば、必ず師有り」(「述而第七」21)という考え方に従いたいのだ。もちろん、無限に友人の数を増やすわけにはいかず、そこにかならず選択作用がはたらくにちがいないが、それは運命的あるいは無意識的でありたい。 

 つまり、私にはこの孔子の言葉は十分に納得できないのだという。 

 

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 リアルな世界でけでなく、バーチャルな世界でも拡がる人間関係... 

 その世界にあって、どんな選択をしているのだろうか。 

 

 ミレニアル世代のSNSの使い方に変化が現れ始めているのかもしれない。シェア文化が薄れ、視認性が高く文字数が多いインスタグラムの人気など。この世代もそろそろ30代を迎えることになり、ライフスタイルに変化が出てくる年頃でもある。

 いち早くSNS疲れを感じていたのもこの世代である。

「己に如かざる者を友とする無かれ」の桑原の主張を読むと、ミレニアル世代のことが頭に浮かぶ。

 このことばが、より多くの情報をネットから入手してきた、この世代の世相を表しているのかもしれない。

 

 

 SNS疲れ、友の選択を間違えると、疲れてしまうのかもしれない。

 「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」

 時として、選択ミスだってあるかもしれない。そんなときは素直に認めて、改めた方がいいのかもしれない。

 

 あまり難しく捉えずに、「論語」を日々の生活に置き換えて考えてみるのもいいのかもしれない。

「忠信を主とし、己に如かざる者を友とする無かれ」

まごころを大切にして、運命的、無意識的に選択する友たちから、自分にない何かを学んでいく、そんな風にとらえてもよいのかもしれない。間違いがあれば、素直に感づいて、改めていく、あまり重く考え過ぎないほうがよいということなのだろう。

 

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 「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」

 桑原はこう解説する。

「過ち一般についての訓戒であって、孔子はいい損なった場合には「前言は之れに戯るる耳」「陽貨第十七」4といいえた人である。陰湿なこだわりのまったく感じられないのが、孔子の立派さであって、ミスはミスとして素直に改めよという、これはきわめて有益な、効率の高い実践的教訓としている。これも上位者は威厳を守るために、おのれのミスを認めまた改めることを嫌う傾向が強いから、適切な訓戒と言える。」

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桑原はこの章の解説で、一章としての一貫性に欠け脈絡がつけにくいと指摘、別々の機会になされた発言をまとめて記録したものではないかという。

君子重からざれば、則ち威あらず

 桑原によれば、前段部分を徂徠は、「重きことならざれば、則ち威あらず」とよみ、国家にとって重大な行事のとき以外は、威厳を誇示するようなことはしない。つまり、旗さしものをならべたり、百官をきら星のように配列しないはしない、と解している。

 このよみから「己に如かざる者を友とする無かれ」を考えてみると、「一般に上位者には徳性においてすぐれた人間が多いわけではなく、彼らは自分に媚び諂うような小人を側近に集めたがるものだから、そうしたことは避けよということだけのことかもしれない」と桑原は言う。

 何事に威厳を誇示したがる政権があったような気がする、そんなことを思い出す。 

  

(参考文献)

論語 (ちくま文庫)

論語 (ちくま文庫)

 

 

論語 増補版 (講談社学術文庫)

論語 増補版 (講談社学術文庫)